- 人間関係からの切り離し型
- 過大な要求型
- 過小な要求型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
【第38回】
一連の行為が、労働者を孤立させ退職させるための"嫌がらせ"と判断され、代表取締役個人及び会社の責任が認められた事案
国際信販事件
東京地裁平14.7.9判決
労判836号104頁
結論
席替えなどの一連の行為は労働者を退職させるための嫌がらせであり、また、代表取締役の指示ないし了解の下に行われたから、代表取締役個人及び会社が連帯して損害賠償責任を負う。
事案の概要
Y社は個品割賦事業部と旅行事業部からなる会社であったところ、旅行事業廃業に伴い、旅行事業部所属のXを整理解雇した。Xはこの整理解雇を無効として争うとともに、①Xと上司Hが男女関係にあるとする噂が流布され、Xの訴えに関わらず改善措置がとられなかった②Xの担当業務が多忙を極めていたが、他の労働者に支援させなかった③②の担当職務を解いた後は、補助的業務以外させず、資料置き場になっていた席への移動を命じる等した、といった一連の「いじめ」は、Y社代表取締役社長I及び代表取締役専務Jの指示に基づくものであるとして、専務J及び社長I個人とY社に慰謝料及び休業損害の支払いを求めた事案。
(なお整理解雇については、解雇無効であるとの判断がなされている。)
判決のポイント
1.X主張のY社における各行為の違法性
旅行事業部の経理担当として入社したXは、上司Hの指示の下、同部の根拠不明の出金等の調査を行ったところ、他の従業員数名がXに反発し、非協力的態度をとるようになった。
そして
①上司Hが添乗業務でニューヨーク市に滞在した時期に、Xも旅行で同市に滞在したことから、上司HとXが男女関係にあるという噂が広まったため、Xは専務J及び社長Iに事実でない旨述べ改善を求めたが、社長Iは「プライベートでは何をやってもよい。」などと述べるに留まり、また、専務Jも何らの対応を行わなかった。
②Y社は旅行事業部を2つの部に分ける組織変更を行い、Xは経理担当を外れ物産展業務に1人で従事することになった。同業務は勤務が早朝から深夜に及び休憩もとれず、土日出勤もあったため、専務Jと社長Iに人員補充を求めたが、Xが同業務に従事した約半年間特段の措置はとられなかった(なお他の部員はあまり残業がなかった。)
③上司Hが解雇され、新たな上司となったTの下、Xは内勤業務を命じられたが、チケットを届けるといった補助的業務に一時期従事した他は、仕事が与えられなかった。また、Xが休暇を申請したところ、行先等を示すホワイトボードのX欄に「永久に欠勤」等と記載された。Xの名前が消されたこともあった。
④Xは、他にも利用可能な机があるにも関わらず、資料置場として使用されていた、他の従業員に背中を向けて座る上後ろの机との間隔が35センチしかない席に移動させられ、他の従業員に椅子を蹴られたり「邪魔だ」といわれたりした。
⑤整理解雇を行う際、Y社は希望した従業員には再就職あっせんを行い、再雇用先を確保したが、Xに対しては希望の有無を問うこともなく、あえて他の従業員より先に解雇した。
という一連の行為は、経緯に照らすと、Xを孤立させ退職させるための「嫌がらせ」と言わざるを得ない。
2.専務J及び社長Iの責任
両者は上記「嫌がらせ」がXの入社から解雇までの1年余りの間に繰り返し行われていたことを知りながら何らの防止措置をとらず、また、嫌がらせの一部は業務命令として行われていたことからすれば、いずれも専務J及び社長Iの指示または了解の下で行われていたものであるから、不法行為(民法709条)責任がある。
3. 損害
Xの受けた精神的苦痛に対する慰謝料150万円の他、Xが欠勤を余儀なくされた日に対応する休業損害について、Xが嫌がらせによる精神的ストレスで体調を崩しており、また当時の職場環境はXが正常に勤務することができる状態になく、Y社が改善措置をとっていないことから、不法行為と相当因果関係のある損害として認容した(なお、Xは途中で労働組合に加入しており、一部の日はストライキを通告して欠勤したが、それらの日についても休業損害が認容されている。)。
コメント
代表取締役個人の損害賠償責任が認められることがある
本件においては、上記経緯の中でなされた、業務を与えない、あるいは、席替えといった上記③や④の行為が嫌がらせとして不法行為を構成することは容易に理解できるところでしょう。
一方人員補充がなされない中長時間労働を余儀なくされたという②のような事案は、安全配慮義務違反の問題は別として、常に「嫌がらせ」となるわけではありませんが、本件においては、Xと上司Hを旅行業とは別の部門とする組織変更を行い、Xを経理業務から移動させた上、他の労働者が支援可能な負荷状況であったにもかかわらず人員補充を行わなかったといった事実を踏まえて「嫌がらせ」であると認定されたものと解されます。
ところで、本件では、2名の代表取締役個人の損害賠償責任が認められています。代表取締役といえども会社で起きた全ての出来事につき個人として結果責任を負うものではなく、故意・過失があることが必要となりますが、本件においては、両名は組織の代表者として、上記嫌がらせを防止する立場にありながら、Xから噂の流布や業務過多につき具体的に申告を受けたにもかかわらず何ら対処を行っていない点等が重く受け止められたものと思われます。
著者プロフィール
加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録