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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第26回】「教員の精神疾患が増悪し自殺したのは、校長らのパワーハラスメントが原因であるとして損害賠償を請求した事件」 ― 損害賠償請求事件

  • 過大な要求型
  • パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例

【第26回】
教員の精神疾患が増悪し自殺したのは、校長らのパワーハラスメントが原因であるとして損害賠償を請求した事件

事案の概要

精神疾患を有する市立中学の教員に対し、校長ら、教育委員会等がパワーハラスメントを行ったことが原因で精神疾患が増悪し、当該教職員が自殺したとして、県及び市に対し、遺族が損害賠償を求めた事案。

判旨

(1)判決

校長、教育センター担当官らの行為が、精神疾患を有する者にとっては大きな心理的負荷を与えるものであったと認定し、これらの行為と元教員の精神疾患増悪及び自殺との因果関係を肯定した上で、元教員には労働者の個性の多様さとして想定される範囲を超えた素因及び自己の健康を保持するための行動を取っていないことについて、素因減額3割及び過失相殺2割を認め、全損害の半分の支払いを被告らに命じた。

(2)心理的負荷が大きいと認定された行為

 ア 業務量の増加

元教員が精神疾患による病気休暇明け直後であるのに、校長らは、従来の音楽科及び家庭科に加え、教員免許外科目である国語科を担当させ、その他の業務の軽減もなかったことなどから、業務量の増加による元教員の心理的負荷は過重であった。
さらに、このような状況の中で、校長は元教員に、意に染まない国語科の研究授業を命じ、その他の業務の軽減を行うこともなかった。

 イ 特別研修への参加命令

上記アの業務量の増加などにより、元教員が心理的負荷を増大させ、パニック状態になる、虚偽の事実を述べて救急車を呼ぶなどの通常ではあり得ない精神状態の悪化を疑うべき兆候が現れており、元教員が何らかの精神疾患を有しており、その状態が良好でないことを認識し得たこと、また元教員に過去に精神疾患による複数回の休職があり、当時も心療内科に通院中であったことを知っていたにもかかわらず、元校長らは、元教員の素質に問題があると考え、主治医に対する病状確認等をすることなく、県教育委員会等に対し、元教員には指導力が不足しているとの報告を行い、結果的に元教員に対し、指導力向上特別研修の受講が命じられた。

なお、同特別研修は指導力が不足していると思われる教員等に対し実施されるものであるが、指導力不足の原因が精神疾患である場合には同特別研修の対象とはされていない。

同研修では、元教員は、担当指導官に対し、精神安定剤を服用していること、めまい及びじんましん等の症状が現れていること、気分的に不安定であることなどを担当官に告げ、担当指導官は元教員が何らかの精神疾患を有していることを認識し得たにもかかわらず、元教員に対し、これまでの教員生活を振り返り、自己の課題を発見するために自分史に基づくという指導が継続され、さらに「自分の身上や進退については両親や担当者とも十分に相談してください。」とのコメントが日誌に記載されるなど、元教員に退職を促しているとも受け取れる指導が行われた。
同研修は一般に、教員にとって不利益なものであると推測されることなどから、研修命令及び同研修での指導内容は何らかの精神疾患を有し、その状態が良好でない元教員にとって心理的負荷の大きいものであったと認定された。

(3)校長らの行為と精神障害増悪及び自殺との因果関係

校長ら、教育委員会、研修担当官らの行為は、元教員の精神疾患を増悪させる危険性の高い行為と認められ、元教員はその影響により正常な判断ができない状態で自殺したものとみるのが相当であり、一連の行為と元教員の精神疾患増悪及び自殺との間に相当因果関係があると判断された。

(4)その他

元教員の遺族である原告らは、校長らが元教員に対し長時間の叱責など、限度を超えた叱責を繰り返したことがパワーハラスメントにあたるとも主張したが、元校長らの行為は、問題のある年休取得方法、勤務時間中の勤務場所の指定等、職員の服務として管理職が行うべき指導であり、指導の範囲を超えて過度に長時間のものであったとは認められず、元教員の問題行動を是正するために相当な指導であったとして、原告の主張は採用されなかった。

解説と実務上のポイント

被告らは、元教員の業務量につき、他の教員と比較して過大でないなどと主張しました。

しかし、本件では、元教員が過去に複数回精神疾患による休職を経験している上、休職明け直後であって、医師の診断書に業務量の軽減が必要と記載されていたことから、通常の教員の場合と同視することは相当でなく、さらに授業数を増加した年度において突発的な年休取得、授業の準備不足、服務上の問題行動などを頻発させており、何らかの精神疾患を疑っておかしくない状況であったといえます。

このような状況が判明した場合には、過去の経緯などを踏まえ、使用者は労働者の健康状態を把握し、心理的負担が過重にならないよう配慮すべきです。

本件の校長らは、元教員の精神疾患を知り得たにもかかわらず、当該年度及び翌年度において元教員の業務量を軽減しなかった点で過失があるといえるでしょう。

また、精神疾患であることを然るべき方法で確認していれば、元教員に対し研修命令が発令されることはなかった可能性があり、確認を怠った点でも校長らには過失があるといえるでしょう。

さらに、元教員は特別研修に抵抗感を持っており、意に染まない研修で心理的ストレスをさらに増大させたことがうかがえます。

精神疾患等の発症がうかがわれる労働者に対しては、主治医に確認するなど慎重に健康状態等を把握すべきであり、健康状態の悪化が認められる場合にはストレスの要因となっている事項を取り除くなど、特別の配慮が必要になることもあるということを示した実務上の参考となり得る裁判例といえます。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業