【第1回】
元気の出る職場づくりを目指して ― ガス等のエネルギーの供給を主な事業とするT社
「職場のパワーハラスメント」に対する取組は、同社のコンプライアンス部コミュニケーション支援室が中心となって行っています。同社がコミュニケーション支援室を設立する以前から、T社では人権啓発に積極的に取り組んできました。その歴史をさかのぼると、1979 年に同和問題推進委員会を立ち上げ、以降本社に中央人権啓発推進委員会を、支社・工場などに支部人権啓発推進委員会を設置しました。1990年代に入ると、同社の本社人事部内に人権啓発室を開設し、2001年に「T社グループの人権課題は円滑なコミュニケーションに尽きる」という見解により、コミュニケーション支援室に名称を改称。さらに2002年には人事部から現在のコンプライアンス部へ組織を移管。今なお各種ハラスメントの問題のみならず、同和問題、ジェンダー・高齢者・外国人の問題など・・・様々な人権課題に取組んでいます。
今回、そのような長年の活動と精神が伝統として根付いているT社コンプライアンス部の方々に、職場のパワーハラスメント対策を中心とした職場の円滑なコミュニケーションを図るための取組に関してお話を伺いました。
全社の行動基準に「元気の出る職場づくり」を明示
――具体的にはどのような取組をしていますか?
T社グループ所属員の行動規範となる「私たちの行動基準」では、「私たちは、ともに働く仲間を大切にします」というスローガンの下に(1)人権の尊重、(2)元気の出る職場づくり、という指針を明確に打ち出しています。職場のパワーハラスメントをはじめ、セクシュアルハラスメント、アルコールハラスメント、各種人権問題などを解消して働く場を円滑にするためには、仕事を通じたコミュニケーションを大切にして「元気のでる職場をつくりあげていく」という共通の目的が具体的行動の明確な指針になると考えたからです。そのための取組としてT社グループの特徴の1つとして挙げられるのが、1年間の研修(人権啓発推進リーダー養成講座)を通じて人権啓発推進リーダーを養成していることです。
1995年から始めた制度ですが、現在はグループ内各部所に160人ほど在籍しています。これは人事・総務担当者というわけではなく、直接お客様と接する営業パーソン、ガス設備の点検や緊急作業の担当者、工場や経理の担当者など、あらゆる職種から広く登用しています。
彼らには、我々コンプライアンス部と連携・協力してそれぞれの職場で行う人権研修の講師役、相談窓口の対応などをお任せし、パワーハラスメントの問題に限らず、幅広く担当していただいています。
――リーダーを養成するメリットとは、どんなことでしょう?
人権啓発推進リーダーはそれぞれの職場の状況が直接わかる存在ですので、ハラスメントの問題が生じた場合に、間接的に我々コンプライアンス部が話を聞くより、彼らのように現場の人間関係まで理解している人が対応する方が、より早く的確な解決につながるケースも多いのです。
しかも、違う職場やグループ会社へ異動になっても「人権啓発推進リーダー」の肩書きのまま活動してもらっていますから、彼らの存在がグループ内に広がっていき、草の根的なコミュニケーション推進活動を担ってくれるわけです。
大切なのは当事者の力で解決へ導くこと
――コンプライアンス部ではどのような相談対応をしていますか?
コンプライアンス部の中に、コミュニケーション関係とコンプライアンス関係の2つの相談窓口を持っており、派遣社員や準社員、社内に常駐していらっしゃる取引先の方からのご相談も受け付けています。 相談者の中には、とにかく誰かに話を聞いて欲しいという人もいますので、その際は徹底して聞き手になってあげることで解決につながることもあります。 ただ、ハラスメントの問題は、何らかの形でコミュニケーション不全に陥っている場合が多いのです。自分の気持ちを相手に伝えられず悩んでいたり・・・。
ですから、そんな時は、お互いの気持ちや立場を尊重した対話、いわゆるアサーティブなコミュニケーションを勧めてみるなど、相談者の背中を押してあげて、可能な限り当事者間で解決できるようにすることを大切にしています。 やはり当事者同士でコミュニケーションをとって、お互いに納得して解決することが後々のことを考えても理想的です。
――当事者間での解決が難しい場合はどのような対応をしていますか?
もちろん、当事者間で解決できない場合は、こちらからパワーハラスメントを行った者に話をしたり、間接的に話ができる状況を作ってあげたり、あるいは当事者の間に入って事実関係を調査したりします。そこまでいくケースは少ないですが、そうならないためにも、事実確認をする中で当事者自身に気づいていただくことが大事だと思います。
また、メンタルヘルスの問題と密接に関わるケースが多いのも事実です。場合によってはコンプライアンス部だけでは対応できないこともありますから、他の部署や産業医との連携、あるいはご家族のご協力なども今後はより大切になってくると思います。
――他にはどのような役割や留意点がありますか?
企業としての理念や行動基準などを明確にすることは重要だと思います。T社グループでは、経営理念をはじめとして、企業としてどう行動するか、個人としてどう行動するべきかといった規範となるものを作成し、グループ会社の社員、関係会社の方々なども含め全員に配布しています。
私たちT社グループの仕事は、非常に公益性の高いものだと自覚していますので、こうした部分でもより高い責任を求められると考えています。
また、相談者のプライバシーを厳守することも大切です。当然ではありますが、相談者の匿名性を守るなどの信頼を築くことは不可欠でしょう。弊社の場合は、長い年月をかけて人権問題に取り組んできた諸先輩方の歴史と精神が今も受け継がれ、根底に流れていることが大きな力になっていると思います。
階層別研修では「ちょっと気になる事例」を活用
――具体的にどのような研修を実施していますか?
T社本体とグループ会社、関係会社を含めて階層別研修を毎年行っています。新入社員研修、入社3年目研修、担当職1級昇格者研修、主幹職2級昇格者研修の4つの階層で実施し、特に新入社員研修以外は、1回20~30人の規模で10数回に分けて、朝から夕方まで一日きめ細かく行っています。話し合い型(参加型)の研修を重視しているため一回の参加者を比較的少人数とし、様々な立場・職種の方とのグループワークなどを通じてお互いにコミュニケーションする中で、「仕事が違えば考え方も違うんだな」といった、気づきのある研修としているのが特徴です。
具体的には、コミュニケーションやコンプライアンス、CSRの研修などを行いますが、近年はパワーハラスメントをテーマにした研修の比率が増えてきています。ですから「これってパワハラ?」や「ちょっと気になる事例」を使ったケーススタディによって、何がパワーハラスメントに該当するか皆で考えてもらったりもしています。
――「ちょっと気になる事例」とは、どのようなものですか?
入社3年目と主幹職2級昇格者の研修では、「ちょっと気になる事例」と題して、参加者全員に実際に職場で起きた問題や感じたことなどを事前提出してもらっています。
これは後の教材としても活用しますが、何より、参加者同士が他の職場での問題や考え方の違いなどを、実際の事例をベースにディスカッションできるという利点があります。何気ない普段の挨拶や取引先に対する態度、セクシュアルハラスメント・パワーハラスメントなど、提出される事例は実に様々ですが、それに対する他の職場の解決事例を共有したり、新たな気づきを得て、自分の職場に持って帰っていただくことが最大の目的です。
1995年から始めたのですが、当初と比べて近年は、関係会社や取引先も含め、お互いをパートナーとして見る目線が根付いてきているように感じます。
T社グループの取組における今後の課題
①業務指導の適切な範囲を知る
例えば、パワーハラスメントと言われたくないがために、部下には最小限の指示しか出さないとか・・・それでパワーハラスメントがなくなったとしても、職場としてコミュニケーションができなければ意味がありませんし、指導する側が余計に指導しづらくなってしまっては本末転倒です。
やはり、適切な範囲の中での業務指導とはどういうものなのか、管理者の方は気をつける意識を持たなければならないのだと思います。
②画一的な線引きができない行為への対応
どんな行為がパワーハラスメントになるか、という線引きも職場や業態によって違ってくることがあります。弊社ですと、例えばガス漏れなどの緊急作業時に、上司が部下への言い方を気にしすぎて指導できないようでは大変なことになります。実際、厳しい教育や態度でも、それが本当に必要な指導になっている現場もあるのです。
ですから、この行為はパワハラ、この行為は違うとか、画一的に線が引けないところも難しさを感じます。
③派遣社員さんたちの相談後のケアや研修
派遣社員やパート社員の方へのケア・教育がどこまでできるかということも課題です。相談窓口での相談は受け付けていますが、そこから先のケアや研修を我々がやるべきか派遣元さんがやることなのか・・・現場での研修もかなり行っていますが、職場によって派遣社員さんたちの研修への参加率が低いところもあったり・・・。
そのため誰がどこまで対応するのかという点も今後の課題と言えます。
予防・解決のために必要なこと
①見かけた人が声をかけ、行為者に気づかせる
まず、パワーハラスメントを受けている人は、ひとりで悩まずまわりの人に相談するということ。そうした人を見かけた人は、逆に声をかけてあげましょうということです。パワーハラスメントの問題は、対応が早ければ早いほど好転するといわれていますので、職場の一人ひとりが気づき、解決のためのアクションを起こしていくことが大切だと思います。コンプライアンス部だけではなく、職場の上司や先輩などがすぐに対応に乗り出せば、もっと簡単にパワーハラスメントを行った者も気づくようになるはずです。ほとんどの者は自分がパワーハラスメントを行ったと認識していませんから、気づきを与えることが大切です。
②明るく元気な職場にはパワハラはない
パワーハラスメントだけに的を絞って対策を講じようとしても、それは少し難しい気がします。半年ほど前に講演を依頼した健康社会学者の河合薫先生の「パワハラがなくなれば職場が明るくなるのではない。明るく元気な職場にはパワハラはないんです。」という言葉は名言だと思いました。また、弊社が推奨している「元気のでる職場づくり」に通じる部分もあり、取組は間違っていないのだなと安心しました。時間はかかるかもしれませんが、コミュニケーション豊かな風通しの良い職場を作っていくことが、結果的にパワーハラスメントなどをなくしていくことにつながるのではないかと思います。
(同記事は、2012年に取材したものです。)