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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第67回】「勤務中にコンビニ店員の手を触るなどして、停職6ヶ月とされた市職員が懲戒処分の取消を求めたが、懲戒処分は適法であるとして、訴えが認められなかった事案」 ―A市事件

  • 身体を触るセクハラ
  • 言葉によるセクハラ
  • 社外の人からのセクハラ

【第67回】
勤務中にコンビニ店員の手を触るなどして、停職6ヶ月とされた市職員が懲戒処分の取消を求めたが、懲戒処分は適法であるとして、訴えが認められなかった事案

結論

Xのコンビニエンスストア店員へのセクハラ行為を理由とする停職6ヶ月の懲戒処分が適法とされた。

事案の概要

Y市の一般職に属する男性の地方公務員(一般廃棄物の収集、運搬の業務に従事する運転士)Xが、Y市内のコンビニエンスストア(以下「本件店舗」という。)にて、かねてより女性従業員を不快にさせる不適切な言動をしていた中で、勤務時間中に同店舗の女性従業員に対しわいせつな行為をしたことから、停職6ヶ月の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、同処分は重きに失するもので違法であるとして、Y市に対し、同処分の取消を求めた事案。
(第一審(神戸地裁平28.11.24判決)および控訴審(大阪高裁平29.4.26判決)は、本件処分は重きに過ぎ、社会観念上著しく相当性を欠くとして、本件処分を取り消す旨の判断を行なったため、これを不服として、Y市が上告したのが、本事案である。)

判決のポイント

1.懲戒事由または情状として考慮された、Xの本件店舗における具体的言動

(1)【懲戒事由】Xは勤務時間中に、Y市の市章のついた作業着である制服を着用し、本件店舗を訪れ、顔見知りであった女性従業員Aに、飲み物を買い与えようとして、左手をAの右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き、そこで商品を選ばせた上で、自らの右腕をAの左腕に絡めて歩き出し、その後間もなく、右手でAの左手首を掴んで引き寄せ、その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせた(以下「本件わいせつ行為」という。)。AはXの手を振りほどき、本件店舗の奥に逃げ込んだ。
(2)【情状として考慮されたXの本件店舗における言動】Xはかねてより、本件店舗を利用する際、女性従業員に対し、飲み物を買い与えるなどする一方、手を握る、胸を触る、男性の裸の写真を見せる、胸元を覗き込む、「乳小さいのう」「制服の下、何つけとん」「胸が揺れとる。何カップや」などといった言動をすることがあり、このようなXの言動を理由の1つとして退職とした従業員もいた。

2 高裁と最高裁における評価の差異

1.懲戒事由または情状として考慮された、Xの本件店舗における具体的言動 (1)【懲戒事由】Xは勤務時間中に、Y市の市章のついた作業着である制服を着用し、本件店舗を訪れ、顔見知りであった女性従業員Aに、飲み物を買い与えようとして、左手をAの右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き、そこで商品を選ばせた上で、自らの右腕をAの左腕に絡めて歩き出し、その後間もなく、右手でAの左手首を掴んで引き寄せ、その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせた(以下「本件わいせつ行為」という。)。AはXの手を振りほどき、本件店舗の奥に逃げ込んだ。
(2)【情状として考慮されたXの本件店舗における言動】Xはかねてより、本件店舗を利用する際、女性従業員に対し、飲み物を買い与えるなどする一方、手を握る、胸を触る、男性の裸の写真を見せる、胸元を覗き込む、「乳小さいのう」「制服の下、何つけとん」「胸が揺れとる。何カップや」などといった言動をすることがあり、このようなXの言動を理由の1つとして退職とした従業員もいた。 2 高裁と最高裁における評価の差異 (1) 本件わいせつ行為の過程におけるAの言動の評価
高裁の判決では、本件わいせつ行為の際、XがAの手を股間に触れさせる前までは、手や腕を絡められるといった身体的接触をされながら、終始笑顔で行動しており、ふりほどかなかったことなどから、手や腕を絡められる身体的接触については渋々ながらも同意をしていた、として、これをXに有利な情状(懲戒処分を軽くするほうの事情)として評価しているが、最高裁は、Aが笑顔で行動し、身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、それは客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり、身体的接触に対する同意があったとして、これをXに有利に評価することは相当ではないとした。

(2) Aや本件店舗のオーナーの言動への評価
高裁の判決では、Xの本件わいせつ行為は、「兵庫県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」に違反する犯罪行為であるが、Aおよび本件店舗のオーナーは、Xの処罰を望んでおらず、そのために警察の捜査対象にもなっていないことをXに有利な情状として評価している。しかし、最高裁は、Aや本件店舗のオーナーがXの処罰を望まないとしても、それは事情聴取の負担や本件店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものとも解されると整理した。

(3) 反復継続性
高裁の判決では、Xが常習として本件わいせつ行為と同様の行為をしていたとまでは認められないと評価したが、最高裁は、身体的接触を伴うかどうかはともかくとして、上記1(2)のような行為をおこなっていたことは、軽視することができない事情であると評価した。

(4)Xの地位
本件は、新聞報道がなされ、Y市には市民からの苦情等がよせられるなどしたが、高裁の判決では、Xが単純労務職員であり、公権力の行使に当たる職員が同様の行為をした場合ほど、大きいと言えないと評価した。しかし最高裁は、複数の新聞で報道され、Y市において記者会見も行われたことからすると、Xの本件わいせつ行為により、Y市の公務一般に対する住民の信頼が大きく損なわれたというべきであり、社会に与えた影響は決して小さいものということはできないと評価した。

3.懲戒処分の量定について

停職は、最も重い免職に次ぐものであり、停職の期間も、Y市の懲戒処分にかかる条例において上限とされる6月であり、Xが過去に懲戒処分を受けたことがないことなどからすれば、相当に重い処分であることは否定できないが、本件わいせつ行為が、客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた厳しく非難されるべき行為であったなどとして、停職6ヶ月としたY市市長の判断が、懲戒権者に与えられた裁量権を逸脱し、またはこれを濫用したものとはいえない。

コメント

被害者側の同意の認定や処罰を求めない旨の発言の真意については、慎重な検討が必要

被害者側の同意の認定や処罰を求めない旨の発言の真意については、慎重な検討が必要
本件は公務員の懲戒処分に関する事案です。公務員に対する懲戒処分は行政処分であり、その有効性の判断は、懲戒権者(本件ではY市市長)の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められるか否かという判断枠組みでなされ、具体的には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響などのほか、当該公務員の行為の前後における態度、処分歴、他の公務員および社会に与える影響などを総合的に考慮することとなります。
第一審も高裁の判決でも、本件で停職処分が選択されたところまでは、裁量権の濫用・逸脱はないと判断していますが、Y市の懲戒処分にかかる条例では、停職は1日以上6月以下という幅の中から選択することになるところ、6ヶ月という長さが重すぎるか否かで、最高裁と判断が分かれる結果となりました。
その判断が分かれたひとつの大きな点は、Aが身体的接触について抵抗をしなかったことや、Aや本件店舗のオーナーが処罰を望まないとしたことを、どのように考慮するのか、という点です。
一般には、被害者がいる事案の場合、被害者の同意があった、あるいは、被害者側の処罰感情が強くない、という要素は、懲戒処分の量定の決定において、有利な情状(懲戒処分を軽くする事情)として取り扱われ、第一審や高裁の判断も、その点においては、一般的な枠組みに沿ったものと言えます。
しかし、最高裁は、まず、Aが身体的接触に対しても笑顔で行動し、抵抗を示さなかったことにつき、客との間のトラブルを避けるためのものであったと評価し、Xに有利な事情として認めるのは相当ではないとしています。職場におけるセクハラの懲戒処分が問題となったL館事件においても、「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心で著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、人間関係の悪化等を懸念して加害者に対する抵抗や被害申告を差し控えたり躊躇したりすることが少なくない」とし、被害者が抗議しなかったことを有利な事情として考慮することはできないと判示されており、被害者が同意をしていた、あるいは、抵抗しなかった、という事情は、その経過や理由を丹念に確認したうえで、非違行為者に有利な情状として考えうるか検討する必要があるでしょう。
また、被害者や店舗のオーナーが処罰を望まないとした点の評価についても、同様のことがいえるでしょう。一般に、被害者が加害者を許しているのであれば、それは労使関係における刑罰というべき懲戒処分においても、有利な情状として取り扱われるべきですが、最高裁の判断においては、「処罰を望まない」としたのは、加害者を許したからではなく、他の事情によるものであるという点を考慮しており、この点においても、なぜ処罰を望まないのかという理由についての検討が必要になるように思われます。

 

著者プロフィール

加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録