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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第66回】「セクハラの加害者が会社による懲戒処分(出勤停止)等を不服として訴えたが、会社の懲戒処分等は有効であるとして、加害者の訴えが認められなかった事案」 ―海遊館事件

  • 言葉によるセクハラ

【第66回】
セクハラの加害者が会社による懲戒処分(出勤停止)等を不服として訴えたが、会社の懲戒処分等は有効であるとして、加害者の訴えが認められなかった事案

結論

  • Xらの行為を懲戒事由とする出勤停止処分は、懲戒権を濫用したものとはいえず、有効。
  • 懲戒処分を理由とする各降格は人事権を濫用したものとはいえず、有効。

事案の概要

Y社が、①派遣社員A及びY社内で受託業務に従事するD社社員Bに対するセクハラ行為を理由として、X1(営業部サービスチームマネージャー)に対し出勤停止30日、X2(営業部課長代理)に対し出勤停止10日の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」)を行い、また、②Y社就業規則上の「懲戒処分を受けたときは審査会で降格審査を行い、社長が降格を決定する」旨の規定に基づき、Xらを降格したところ、Xらが、①本件懲戒処分の無効確認、②降格前の等級を有する地位にあることの確認、③出勤停止により不支給となった給与や出勤日数の減少により減額された賞与の支払い、④降格による給与の減額分の支払いを求めた事案

判決のポイント

1.セクハラ等の懲戒事由にあたるとされた具体的な言動

本判決はセクハラ等の懲戒事由にあたるとされた具体的な言動として、原審(大阪高裁H26.3.28判決)の以下の事実認定を前提としている。

(1)X1のAに対する以下の言動(なお多くはAが1人で執務しているときになされた。)

  • ①複数回、自らの不貞相手の年齢や職業の話をし、不貞相手とその夫との間の性生活の話をした。
  • ②「俺のん、でかくて太いらしいねん。やっぱり若い子はその方がいいんかなあ。」と言った。
  • ③複数回、「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん。」、「でも俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな。」、「でも家庭サービスはきちんとやってるねん。切替えはしてるから。」と言った。
  • ④不貞相手の話をした後、「こんな話をできるのも、あとちょっとやな。寂しくなるわ。」などと言った。
  • ⑤不貞相手が自動車で迎えに来ていたという話をする中で、「この前、カー何々してん。」と言い、Aに「何々」のところをわざと言わせようとするように話を持ちかけた。
  • ⑥不貞相手からの「旦那にメールを見られた。」との内容の携帯電話のメールを見せた。
  • ⑦不貞相手と推測できる女性の写真をしばしば見せた。
  • ⑧Aもいた休憩室において、本件水族館の女性客について、「今日のお母さんよかったわ…。」、「かがんで中見えたんラッキー。」、「好みの人がいたなあ。」などと言った。

(2)X2の以下の言動

  • ①Aに対し、「いくつになったん。」,「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで。」「30歳は,二十二,三歳の子から見たら,おばさんやで。」,「もうお局さんやで。怖がられてるんちゃうん。」,「精算室にAさんが来たときは22歳やろ。もう30歳になったんやから,あかんな。」「30歳になっても親のすねかじりながらのうのうと生きていけるから,仕事やめられていいなあ。うらやましいわ。」「毎月,収入どれくらい。時給いくらなん。社員はもっとあるで。」,「お給料全部使うやろ。足りんやろ。夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで。したらええやん。」,「実家に住んでるからそんなん言えるねん,独り暮らしの子は結構やってる。MPのテナントの子もやってるで。チケットブースの子とかもやってる子いてるんちゃう。」という発言をした。
  • ②A及びBに対し、具体的な男性従業員の名前を複数挙げて,「この中で誰か1人と絶対結婚しなあかんとしたら,誰を選ぶ。」,「地球に2人しかいなかったらどうする。」と聞いた。
  • ③セクハラに関する研修を受けた後,「あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよなあ。」,「あんなん言われる奴は女の子に嫌われているんや。」という趣旨の発言をした。

2.Xらの行為の評価

Xらが同一部署で勤務していたAらに対し、1年以上にわたり繰り返した上記発言内容は女性従業員に対し強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであり、Aらの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえる。また、XらはY社の開催するセクハラに関する研修に参加していただけでなく、管理職として、Y社のセクハラ防止に係る方針や取り組みを十分理解し、部下を指導する立場にあったにもかかわらず多数回のセクハラ行為を繰り返したものであり、その職責や立場に照らしても著しく不適切なものである。

3.Xらに有利な情状の評価

(1)被害者からの抗議がなされていないことの評価
(上記行為がなされていた1年ほどの間に、BらがXらに明確な抗議をしたことはなく、大阪高裁は、この事実等から、Xらが被害者の意に反することを認識しながら、または、嫌がらせを企図して敢えて各行為をしたものとまでは認められず、むしろ許容されていると誤信して同行為に及んだとし、Xらに有利な事情として斟酌しているが)職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心で著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、人間関係の悪化等を懸念して加害者に対する抵抗や被害申告を差し控えたり躊躇したりすることが少なくないことから、被害者が抗議等をしなかったことを加害者に有利に斟酌することは相当でない。
(2)事前の警告や注意等がなかったことの評価
(本件は被害者からの申告により発覚したが、同申告迄の間、Y社が具体的にXらに注意を与えたことはなく、また、Y社ではセクハラによる懲戒処分の前例はなかったことから、大阪高裁は、XらはY社のセクハラに対する懲戒処分につき具体的な方針を認識する機会がなかった等とし、この事情をXらに有利な事情として評価したが)、Xらは管理職であり、セクハラが懲戒処分の対象となる旨認識すべきであったこと、また多くが第三者のいないところで行われていたため、申告以前にY社が具体的に警告・注意などを行う機会があったとは言えないことなどから、懲戒を受けるまでの経緯についてXらの有利に斟酌し得ない。

4.懲戒処分及び降格の相当性

Y社のXらに対する懲戒処分は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるとは言えないから、懲戒権を濫用したものとはいえず、有効。また、Y社の規定においては、資格等級の降格事由のひとつに懲戒処分を受けたことが規定されており、Xらが管理職としての立場を顧みず、職場において女性従業員らに対して極めて不適切なセクハラ行為を繰り返し、Y社の企業秩序や職場規律に看過し難い有害な影響を与えて懲戒処分を受けたことからすれば、降格についても人事権の濫用とはいえず有効。

コメント

日頃から被害者の拒否がなくともセクハラに該当し得ることやセクハラの具体例などについての教育・指導が肝要

本件懲戒処分については、第一審の大阪地裁(H25.9.6判決、労判1099号53頁)が有効と判断した一方、控訴審である大阪高裁は権利の濫用にあたるとして、無効としました。そして最終的に、上告審である最高裁は、本件懲戒処分を有効と判断しています。
高裁判決と最高裁判決は、懲戒事由に該当する行為として同じ事実を前提としながらも、異なる結論に至っており、そのポイントとしては、上記判決のポイント3.に記載した2点があげられます。
被害者の抗議がないことに係る評価については、厚生労働省発出の労災認定に係る基準(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」)においても、被害者の抵抗等がないことがセクハラの存在を単純に否定する理由にならないとして挙げられているところでもあり、労働者へのセクハラ防止教育において、被害者からの拒否がなくともセクハラに該当し、また処分の対象になることを説明しておくことが肝要です。
また、使用者による事前の注意・警告については、本事案について、最高裁の述べるところは首肯できるものですが、一方で、使用者がセクハラ行為を知りながら、何ら注意・指導をせずに同行為が繰り返されるのを放置していたが、あるとき突如として懲戒処分を行った、という場合には、注意・指導がなかった点が、加害者に有利な事情として機能することもあると解されます。したがって、通報などでセクハラ行為を把握した場合には、この観点からも、注意・指導を含め迅速かつ適切な対応をしておくことが求められます。
なお、本件のような身体的接触を伴わない行為がセクハラに該当するか否かは、判断が困難な場合があります。例えば上記で挙げるX1の行為のうち、⑦の不貞相手の写真を見せたというものなどは判断に悩むところでしょう。実際、地裁判決は、一般の女性労働者の感じ方に照らし、他人に強い不快感を与える性的な言動とはいえないと評価したのに対し、高裁判決では、他の不貞相手の話を聞かされた件などと合わせ、職場の上位者から殊更にその乱れた私生活の話を聞かされ、浮気相手の写真や携帯メールを見せられることは、一般的な女性職員が不快に感じるなどとして、Y社の禁止するセクハラに当たると判断しており、裁判所の判断も分かれています。
裁判所ですら評価が分かれるのですから、各労働者が「ここまでは大丈夫」と考える範囲が異なるのも当然といえるでしょう。したがって、労働者に対する教育にあたっては、性別や年代等により「セクハラ」の捉え方が異なる場合があることを踏まえ、セクハラがあってはならない旨の方針を明確化し周知すること、してはいけない行為について社内で発生した事案等の具体例を挙げて説明すること等が肝要です。
なお、事業主にセクハラ防止の措置義務を課している男女雇用機会均等法においても、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には、「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当であるとしています。

 

著者プロフィール

加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録