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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第64回】 「高等学校の教諭に対してなされた、授業・担任等の仕事外し、職員室内での隔離、別の部屋への隔離、自宅研修等の命令が、違法であるとして、600万円の損害賠償が認められた事案」 ―松蔭学園事件

  • 精神的な攻撃型
  • 人間関係からの切り離し型
  • 過小な要求型

【第64回】
高等学校の教諭に対してなされた、授業・担任等の仕事外し、職員室内での隔離、別の部屋への隔離、自宅研修等の命令が、違法であるとして、600万円の損害賠償が認められた事案

結論

高等学校が女性教諭に対して行った、授業・担任等の仕事外し、職員室内での隔離、別の部屋への隔離、自宅研修等の命令や、一時金の不支給・賃金の据置は違法であり、これら違法行為により精神的苦痛を与えたことから、高等学校を経営する学校法人は600万円(※地裁では400万円)の損害賠償義務を負う。

事案の概要

女性教諭Xが、高等学校によりなされた授業・担任等の仕事外し、職員室内での隔離、何らの仕事が与えられないままの4年6ヶ月にわたる別室への隔離、5年以上にわたる自宅研修等の命令や、一時金の不支給・賃金の据置は、Xが組合員であることを理由とする不当労働行為であると共に、業務命令権を濫用した違法は命令であり、これらは人格権等を侵害する不法行為に該当するとして、1000万円の慰謝料を請求した事案

判決のポイント

1.検討のポイント

一般に使用者は、労働契約あるいはその内容となっている就業規則に定められた範囲にて労働者が供給すべき労務の内容及び供給の時間・場所等を裁量により決定し、業務命令によってこれを指示することができるが、この範囲を超えて指示することはできず、また外形的には業務命令により指示できる範囲であっても、不当な動機・目的で発せられ、あるいは、その結果が労働者に対して通常感受すべき程度を著しくこえる不利益を与える場合には、その業務命令権の濫用として無効であり、また、そのような命令は違法。

教員の場合、仕事につかせない等ということは、生徒の指導・教育という労働契約に基づいて供給すべき中心的な労務とは相容れないものであるから、本人の同意がある等というものではない以上、一般的にも無理からぬと認められるような特別の事情がない限り、それ自体がXに対して通常甘受すべき程度を超える著しい精神的苦痛を与えるものとして、業務命令権の範囲を逸脱し、違法である。

なお本件では、Xは、労働組合に所属し、中心的な役割も果たしていたことから不当労働行為に該当するか否かも合わせて問題となった。

2 仕事外し

学校はXの教師としての適格性を欠く言動や業務命令違反を理由に、Xの学科の授業、クラス担任その他公務分掌の一切を外し、Xは出勤しても一日机に座って過ごさざるを得ない状況となった。学校が理由として挙げる言動等は、事実として存在しないか、Xの校長らに対する言動の中に必ずしも相当でない点や率直さに欠ける点はあったものの、その経緯をみれば、校長らの言動や対処の仕方にこそ問題があり(Xが2回産休をとり復職したことに対するもの)、かつ大部分は校長等との使用者との間で生じたもので、生徒の指導・教育に影響を及ぼすものはほとんど含まれていないことなどから、一般的にも無理からぬという事情はないし、むしろ、Xを嫌悪し、その態度を改めさせるか学校に留まることを断念させる意図のもとで行われた嫌がらせである。

3 職員室内隔離

学校は、Xが職員室において他の教諭の会話をメモしたり、居眠りをしたり、他の教員との間でもめ事を起こすなどといったことを理由として、2に加えて、Xの席を、他の教職員から引き離し職員室の出入り口近くに移動させたが、他の教員の会話のメモは事実の有無が明らかでない上、同じ職員室内で席を移動してもこれを防ぐ決め手にはならないこと、仕事はなく1日中席に座っているだけであり居眠りはやむを得ないこと、他の教諭とのもめ事とは組合ニュースの配布に係るものであると認められるが、席の移動によって止められるものではないこと、一方で、労働組合(※Xが中心的な役割を担っていた)が結成され、校長らが「外の集会や研究会に出たりしてはならない」と教諭に述べたり、Xの実家に組合を止めるようにXに言ってほしい旨電話したり、Xが不当労働行為救済申立ての手続きをおこなった翌日にXの提出した欠勤届の受領を拒否するなどしたことからすれば、組合の結成を嫌悪した学校がXに対して行った嫌がらせであるとともに、他の教員に対する見せしめであり、不当労働行為であるとともに違法。

4 第三職員室隔離

その後学校は、Xと他の教員との間で暴力沙汰寸前のトラブルが生じ、業務が阻害されるおそれがあったことを理由に、職員室と別の部屋(第三職員室)にいるようXに命じたが、他の教職員とのトラブルとは、組合の執行委員長が解雇されたことに端を発し、組合の上部団体等が学校に抗議の要請行動に訪れ、対応した女性職員に乱暴な言動を行ったことから組合員と他の教員の関係がまずくなっている中で、教員がXの肩を押した、Xに殴り掛かる態度を示した、などというもので、円滑さを欠ける点はあったものの、暴力沙汰まで生じかねない状況があったとはいえず、またむしろ当該他の職員に非があるにもかかわらずそちらには何ら注意を与えていないなどということからすれば、組合員であることを理由とする差別的取扱いであると同時に、明らかに違法。

5 自宅研修

さらにその後、学校は、都労委に係属した事件が近い将来に結論がでる見込みがなかったことを理由に、Xに自宅研修を命じたが、結論がでないことはXの出勤を禁止する理由にならないことはいうまではなく、結局隔離勤務によっても自発的に退職しないXにさらに追い打ちを欠け、学校から排除することを意図してなされた仕打ちであり、不当労働行為であるとともに違法である。

コメント

業務をさせない、あるいは、自宅待機を命じるにあたっては、事前に十分な検討が必要

本判決では、上記1で示したポイントにのっとり、学校側が挙げる、Xに仕事をさせない、あるいは、隔離することとした理由が、「一般的にも無理からぬと認められるような特別の事情」かどうか検討されたものの、結論としては、特別の事情にはあたらず、むしろ、Xの労働組合活動を嫌悪した嫌がらせや、Xを退職させようとしたものであると判断され、違法性が認定されています。例えば、「他の教員の発言について、メモを取るのを止めさせるため職員室の入口近くに席を移した」などという点は、職員室内にいる限り、この行為を止めさせることはできないわけですので、席の移動ありきの後付けの理由と捉えられてもやむを得ないところがあります。

使用者としては、労働者の行動が職場に混乱をもたらすことなどから、仕事をさせない、あるいは自宅待機を命じることを検討せざるを得ないこともあるでしょう。しかし、その場合には、それら行為が違法とされる可能性があることを認識し、当該労働者の行動が本当にそれら対応を必要とするほど問題のある行動か否か、また問題のある行動であったとしても、とろうとしている対応がその解決に資するものとして説明可能か、立ち止まって十分に検討する必要があります。

 

著者プロフィール

加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録