- 過大な要求型
- パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例
【第63回】
異動を命じられた労働者が自殺した事案において、使用者の安全配慮義務違反が否定された例
ボーダフォン(ジェイホン)事件
名古屋地裁平19.1.24判決
労判939号61頁
結論
使用者の(うつ病に罹患していた)労働者に対する異動の打診及び説得の経緯と、当該うつ病の増悪には因果関係があり、同うつ病により、労働者は自殺するに至ったとしながらも、使用者による異動の説得状況は、うつ病に罹患していない労働者に対するものであれば、精神状態を著しく害し、自殺に至ることが予見できるものではないから、当該労働者がうつ病に罹患していることを知らなかった使用者には予見可能性がなく、安全配慮義務違反は認められない。
(※なお本件では、うつ病発症自体についての安全配慮義務違反等も争われているが、その他の点においても、使用者の安全配慮義務違反は否定されている。)
事案の概要
A社社員であったXは、当初Y社に出向し(この時期にうつ病に罹患した)、のちにY社に転籍してY社社員となったものであるが、平成14年12月2日に部署を異動(以下「本件異動」という。)した後の同月7日に自殺したため、Xの遺族がYに対し、本件異動を命じたこと等につきYによる安全配慮義務違反があるとして、損害賠償請求を行った事案
判決のポイント
1.異動を命じる際の使用者の配慮義務
使用者が労働者に対し異動を命じる場合、使用者において、労働者の精神状態や異動のとらえ方等から、異動を命じることによって労働者の心身の健康を損なうことが予見できる場合には、異動を説得するに際して、労働者が異動に対して有する不安や疑問を取り除くように努め、それでもなお労働者が異動を拒絶する態度を示した場合には、異動命令を撤回することも考慮すべき義務がある。
2.本件異動の説得経緯
(1)Xは、A社において音響機器の修理等に関する管理的業務に従事しており、Y社出向以降は、携帯電話の取扱いに係る顧客からの問い合わせや苦情処理対応、取扱店での修理対応に必要な部品等の手配業務、Yの提供するサービスのアフターサービス業務などに従事していた
(2)一方、Y社では、保守センターと技術センターの責任者が退職することとなったところ、両センターの業務は関連しており、外部業者への委託内容を増やせば、2名体制であった業務は1名で遂行可能であること、Xが従来従事していた業務に関連していること等から、両責任者の後任としてXが適任であると判断し、平成14年9月頃にXに対し打診したが、Xからできれば異動したくない等の発言があったため、一旦他の者を検討した。
(3)しかし、やはりXが適任であるとの帰結に至ったことから、同年11月頃、Y社員であるBとNは、Xに対し、12月2日から正式勤務開始となること、事前に引継を行うことなどを述べたが、Xは経験のない業務であること、2人分の業務を一人で遂行できないこと、勤務先が変わるため通勤が長くなることなどを理由に拒絶した。
(4)そのため、BとNは3度にわたり面談を実施し、喫煙所でも、本件異動の話をした。その中で、Xには保守業務の経験があることや業務量が減少する予定であることを説明し、また、合理的な通勤ルート等を提案するなどして説得を試みたが、Xは納得せず、11月中旬頃にはNに対し「自分を辞めさせたいのか」等と発言したため、Nは「勝手にしたらいいではないですか。」と述べ、また、Bも、再三説明したにも関わらずXがやっていく自信がないなどと言ったため「甘えているんじゃないの」と強い調子でいった。
この頃Xは家族に対し、「いやならやめろとの暴言を受けた」と言ったメールを送信している。
(5)異動に先立っては、引継が行われた。また、業務量は外部委託の内容を見直すことにより、現実に減少することになっていたが、その説明は、口頭による説明に留まった。
3.本件異動と自殺の因果関係
Xは平成6年11月頃にうつ病に罹患し(※なお、本件訴訟ではうつ病発症とYの業務との関係についても争われたがが、この点は否定されている。)、投薬の効果により日常生活を支障なく送れる程度の抑うつ状態が残存する部分寛解の程度にあったところ、本件異動がXを退職に追い込む意図の下なされたものとは認められないが、Xがそのように否定的なものと捉え、また、うつ病に罹患していたため、本件異動の説得経緯及び最終的に本件異動に応じざるを得ないことに強い心理的負荷を受けてうつ病を増悪させ、うつ病の影響により自殺したから、本件異動の説得状況と自殺には因果関係がある。
4. 使用者の安全配慮義務違反の有無
使用者がXに対して行った本件異動にかかる説得状況としては、Xが拒否していた理由である、業務内容の違いや過重性については、減少することを説明し、また通勤時間の増加についても説明と対策を講じる等していたから、通常の精神状態にある者に対してならば、自殺の結論に至ることを予見できるようなものであったとまでは言えず、また、Xが職場において不自然な仕草等を見せることもなかったからうつ病に罹患していたことを認識できたともいえない。したがってYには安全配慮義務違反はない。
コメント
使用者が異動を命じるにあたっての言動により、安全配慮義務違反が認められることがある
本件は異動を命じる際の説得状況などの安全配慮義務違反が問題となった事案です。
本件においての一連の異動にかかる説得状況は、通常の精神状態にある者に対してならば、自殺に至ることは予見できなかった状況であるとして、会社の安全配慮義務違反は否定されていますが、使用者としては、異動を命じられることは、労働者にとっては大きな出来事であり、時として、精神的な負荷になることを認識し、労働者から具体的な不安が告げられる等した場合には、その解消策について検討したり、十分な説明をするなどして、その不安を取り除くよう努力することが求められます。またそうした中で、労働者が頑な態度を示すことがあり、時として厳しい言動をとらざるを得ない場合も想定されますが、本件においては、XがYの社員の厳しい発言を、嫌なら辞めろと言われたものと捉え、それがうつ病増悪のひとつの原因とされていますし、言い方によってはそれ自体がハラスメントであると認定されることもあり得ます。したがって、厳しい言動をとらざるを得ないとしても、労働者側の捉え方にも配慮して発言することが求められます。
著者プロフィール
加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録