あかるい職場応援団
厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第6回】「退職勧奨とパワーハラスメント」 ― 全日本空輸(退職強要)事件

  • 精神的な攻撃型
  • 個の侵害型

【第6回】
退職勧奨とパワーハラスメント

はじめに

会社が従業員に対し退職を促す行為を一般に「退職勧奨」と称します。退職勧奨自体はその行為のみをもって違法性が生じるものではありませんが、中には、当該社員を退職させようと著しい人権侵害的な手段・方法で担当者が退職を迫る場合があります。そのような退職勧奨がなされた場合、会社は損害賠償請求責任等を負うのか。以下では裁判例を紹介し、同問題を解説します。

事案の概要

Xは昭和48年に航空運送事業を主たる目的とするY社に入社し、客室乗務員として勤務していたところ、平成3年に乗務のために乗車したY社手配の送迎タクシーで交通事故に遭遇しました。同時に負傷した同僚2名は1ヶ月あまりで復職しましたが、Xの回復は思わしくありませんでした。平成5年10月には、Xは、症状固定と診断され、休業給付は打ち切られたものの、その後も背部の痛みが回復しないとし、「背部痛」との診断書をY社に提出し、有給休暇を取得した後、1年間の病気欠勤となりました。平成7年1月に病気欠勤が終了したため、会社側が休職の手続きを進めたところ、同年3月にXの主治医から「最近の検査では明らかな異常は認められず、活動量を徐々に増やしていけば、仕事への復帰は充分に可能」との連絡を受け、Y社側は同年4月10日にはXの復職がありうると判断し、Xに復職に向けた働きかけを行いましたが、Xの姿勢は消極的でした。これまでの経過も踏まえ、上司らはXの客室乗務員としての知識、能力に疑念を抱き、同日付けでの復職、客室乗務員復帰のため必要となる訓練試験の実施を見送りましたが、その後、Xの主治医から5月末までの休業が必要との診断書と6月1日より就業可能との診断書が提出されます。

同年5月17日から上司らがXに対し復職に向けた「知識テスト」等を行うも、その結果が芳しくないとし、同月22日、上司A、B、CはXと面談し、以下のとおり述べました。 「CAとして適正を欠いている。これまで準備時間は十分にあり、その結果がこれであるとすれば、これまで同様ただ頑張りたいとの言葉だけではXを信用できない。」等。

また同月24日にも上司Aが同様の話を行い、翌25日には上司B、C、DがXの入寮する社員寮に赴き、以下のとおり述べ、Xに退職を求めています。 「CAとしての状況をオッケーといえない。」「質問してもほとんど答えない。表情とかみているとCAにむいていない。」「こういう状態ではエマ訓(注:訓練試験の一つ)なんかない。東京でエマ訓なんかしてくれる人はいない。」「旅客がYから離れていく。そんな人が乗務してたら。」「口で今後やっていきますと言うのは他のCAに対して失礼。」「別の道を考えるべき。」等。

その後も、会社において長時間にわたり上司らが「普通は辞表を出すものよ。」「組織の外でわがままをいって欲しい。」と述べたり、寮に訪れ「別の道を考えては。」などとXに退職するよう求める行為を繰り返しましたが、Xは一貫して復帰訓練を行うよう求めました。また同時期に上司らはXの兄などと面談し、「退職するように説得して欲しい。」等と告げています。

Y社は7月6日付けでXをいったん復職し、同日から2日間、復帰者訓練等を受講させましたが、Xは当該訓練を不合格となります。同月7日、職場事務所において約4時間ほど、管理職ら3名がXに対し「決断するとき。」「会社はだまされた。」「会社としては完璧でないものは乗せられない。」「ふつうその段階でやめていくもの。」等と述べましたが、Xはもう1度訓練を受けさせて欲しいと答えています。同月9日には、約8時間にわたって上司との面談が続き、早く結論を出すように言われています。

その後、7月中旬には、上司らはXにレポート、反省文の作成・訂正を求め、その最中に「CAとしては無理。」「寄生虫みたいだ。」等と発言をしたり、サービス接遇等の指導に際し、「新入生以下のレベル。」「アナウンスチェックがだめなら辞表を出すように。」等と告げています。

Xは8月1日、2日に2回目の復帰者訓練を行いますが不合格となり、8月中旬まで管理職らとの面談が続きましたが、その際「やめる道を選べないのか。」等と告げられています。また管理職らはXの実家に出向き、両親に対し「家族も諜功して辞めさせて欲しい」等と話をしました。

同年10月に3回目の復帰訓練を受講しましたが、Xは再度不合格となります。同判定に不服のXは、Y社に説明を求めたところ、なかなか応じてもらえず、12月7日になって結果の内容が伝えられ、翌平成8年1月24日に同年2月29日付けで解雇とする旨の通告を受けました。

これに対し、Xは雇用契約上の地位確認請求を行うとともに、Y社による解雇及び退職強要がYの人格権を侵害する不法行為に該当するとし、これに基づく損害賠償請求を提起したものです。

判決請求内容

退職強要に対する慰謝料50万円、弁護士費用5万円

Y社の・・Xの上司にあたる者たちが、平成七年五月二二日以降、九月ころまで、約四か月間にわたり、Xとその復職について、三十数回もの「面談」「話し合い」を行い、その中には約八時間もの長時間にわたるものもあったこと、右「面談」において、Aらは、Xに対し、CAとしての能力がない、別の道があるだろうとか、寄生虫、他のCAの迷惑、とか述べ、Xがほとんど応答しなかったことから、大声を出したり、机をたたいたりした。またこの一連の面談のなかには、Xが断っているにもかかわらず、Xの居住する寮にまで赴き行ったものが何回かあった。またXの兄や島根県に居住するXの家族にも直接会つて、Xが退職するように説得をしてくれとも述べていた。

かかるXに対する、Y社の対応をみるに、その頻度、各面談の時間の長さ、Xに対する言動は、社会通念上許容しうる範囲をこえており、単なる退職勧奨とはいえず、違法な退職強要として不法行為となると言わざるを得ない。

本件において結局Xは退職をしていないこと、Xは都合の悪いことは沈黙し、煮え切らない態度をとったことがY社の担当者の言動を誘発したこと、退職強要を受けていた間弁護士がついていたことなどを考慮すれば、Y社の退職強要によりXが受けた精神的損害に対する慰謝料としては、五〇万円が相当である。
(なお本件解雇についても、同判決では「直ちに従前業務に復帰ができない場合でも、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、休業又は休職に至る事情、使用者の規模、業種、労働者の配置等の実情から見て、短期間の復帰準備時間を提供したり、教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで、このような信義則上の手段をとらずに、解雇することはできない」とし、本件は比較的短期間に復帰可能であることを理由に解雇無効と判示した。)

退職勧奨の違法性判断について

前述のとおり退職勧奨自体は、会社が従業員に退職を促す行為であり、そのことから直ちに離職などの法的効果は生じません。したがって退職勧奨のみをもって、会社が従業員に損害賠償責任を負うものではありませんが、その目的・態様によっては、違法性を帯び、損害賠償責任が生じる可能性が生じます。

退職勧奨の違法性判断に関するリーディングケースといえるのが、下関商業高校事件(最1小判昭和55年7月10日労判345号20頁 原審広島高判昭和52年1月24日労判345号22頁)です。同事件は当時、定年制のない公立学校教員に対し、市教育委員会が慣習として57歳での退職を求めたところ、原告である教員が一貫して退職勧奨に応じなかったところ、市教委側は

①3か月間に11回程度市教委に出頭を命じ、6名の勧奨担当者が1人ないし4人で1回につき短いときでも20分、長いときには2時間15分に及ぶ勧奨を繰り返し、②退職するまで勧奨を続ける旨の発言を繰り返し述べ、さらに③講習期間中も対象者の要請を無視して呼び出すなど、終始高圧的な態度を取り続け④必要性が定かではないレポート・研究物の提出命令を求めたものです。これに対し、原告教員が市を相手取り、違法な退職勧奨に対し慰謝料請求を求めたところ、高裁・最高裁ともに当該請求を認容したものです(慰謝料5万円)。同最高裁判決は次の控訴審判決を維持しており、本判決もこれに沿ったものといえます。

「(退職勧奨が)極めて多数回であり、しかもその期間も前記のとおりそれぞれかなり長期にわたっているのであって、あまりに執拗になされた感はまぬがれず、退職勧奨として許容される限界を越えているものというべきである」「退職するまで勧奨を続ける旨の発言を繰り返し述べて被控訴人らに際限なく勧奨が続くのではないかとの不安感を与え心理的圧迫を加えたものであって許されない」

以上のとおり、極めて多数回に及び、かつその期間が長期にわたるような退職勧奨の態様は、社会通念上許容される限界を超えたものといえ、損害賠償請求の対象となることを明らかにしたものです。本事案は4ヶ月の間に30数回に及ぶ退職勧奨を行った上、上司らが寮に押しかけて長時間の退職勧奨を行い、「寄生虫」等との発言を行っていることからも、上記最高裁判決と同様の結論に至ったものと思われます。

コメント

本事案が争われた際には、「パワーハラスメント」という概念自体が世になく、退職強要の違法性が問題となりましたが、今日的にみると、上記のような行為は、職場での「業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える」行為に他ならず、職場のパワーハラスメントの範囲に含まれうるものです(職場のパワーハラスメントの概念参照)
人員削減目的などで退職勧奨を行う場合も、回数・頻度はもとより、本件のような人権侵害にあたる言動や自宅に長時間押しかけるなど社会通念に照らし相当性を欠く態様のものは違法とされ、損害賠償請求の対象となる点に改めて注意が必要です。

 

著者プロフィール

北岡 大介
北岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士