- 精神的な攻撃型
【第56回】
上司が送ったメールの内容が侮辱的言辞として、損害賠償請求が認められた事案
A保険会社上司(損害賠償)事件
東京地判平16.12.1労判914号86頁
東京高判平17.4.20労判914号82頁
結論
本件メールの表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、不法行為を構成する、とした上で、送信の目的、表現方法、送信範囲等を総合すると、賠償金額としては、5万円が相当と判断した。
事案の概要
Xは、A社のBサービスセンター(SC)で勤務するところ、その上司である、Yが、Xに対し「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと記載された電子メールを、Xとその職場の同僚に送信した。Xはこのメール送信が、不法行為に当たるとして、損害賠償を求め、訴えを提起した。
判決のポイント
(1)本件メールの内容は、職場の上司であるYがエリア総合職で課長代理の地位にあるXに対し、その地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤督促する趣旨であることがうかがえないわけではなく、その目的は是認することができる。
(2)しかしながら、本件メール中には、「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。」という、退職勧告とも、会社にとって不必要な人間であるとも受け取られるおそれのある表現が盛り込まれており、これがX本人のみならず同じ職場の従業員十数名にも送信されている。この表現は、「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ。……これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい。」という、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって、控訴人の名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり、上記送信目的が正当であったとしても、その表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、控訴人に対する不法行為を構成する。
(3)本件メールの前記文章は、前後の文脈等と合わせ閲読しても、退職勧告とも、会社にとって不必要な人間であるとも受け取られかねない表現形式であることは明らかであり、赤文字でポイントも大きく記載するということをもあわせると、指導・叱咤激励の表現として許容される限度を逸脱したものと評せざるを得ない。
(4)本件メールが、その表現方法において、不適切であり、Xの名誉を毀損するものであったとしても、その目的は、Xの地位に見合った処理件数に到達するようXを叱咤督促する趣旨であることがうかがえ、その目的は是認することができるのであって、Yにパワーハラスメントの意図があったとまでは認められない。
(5)本件メール送信の目的、表現方法、送信範囲等を総合すると、被控訴人の本件不法行為(名誉毀損行為)による控訴人の精神的苦痛を慰謝するための金額としては、5万円をもってすることが相当である。
コメント
上司から部下に対するメールが、不法行為として損害賠償が認められる場合がある。
本件は、一審では、業務指導の一環として行われたものであり、嫌がらせとは言えず、Xの人格を傷つけるものではない、として損害賠償請求が認められなかったのに対し、二審では、上記のとおり、損害賠償請求が認められています。
本判決の内容を踏まえますと、上司はその言動の目的が、部下を叱咤することにあり、パワーハラスメントの意図は無かったとしても、損害賠償責任を負う場合があること、また部下に対してメールで注意指導する際には、その表現内容だけでなく、送信先にも配慮が必要であることに留意する必要があると考えます。
著者プロフィール
荻谷 聡史(おぎや さとし)
安西法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録