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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第46回】 「上司の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったとされた事案」 ― 地公災基金愛知県支部長(A市役所職員・うつ病自殺)事件

  • 精神的な攻撃型

【第46回】
上司の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったとされた事案

結論

A市健康福祉部の部長であるB部長の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったといえる。

事案の概要

A市役所の職員(死亡当時は健康福祉部児童課課長)であった亡Tの妻Xが、うつ病発症及びこれに続く亡Tの自殺が公務に起因するものであると主張して、地方公務員災害補償基金愛知県支部長がした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分の取消しを求めた事案。

判決のポイント

1.B部長の部下に対する指導の状況について

B部長は、市役所に勤務する公務員として、常に市民のため、高い水準の仕事を熱心に行うことをモットーとしており、実際、自ら努力と勉強を怠ることなく、大変に仕事熱心で、上司からも頼られる一方、部下に対しても高い水準の仕事を求め、その指導の内容自体は、多くの場合、間違ってはおらず、正しいものであった。

B部長は、元来、話し方がぶっきらぼうで命令口調である上、声も大きく、朝礼の際等に、フロア全体に響き渡る程の怒鳴り声で「ばかもの。」、「おまえらは給料が多すぎる。」等と感情的に部下を叱りつけ、それ以外に部下を指導する場面でも、部下の個性や能力に配慮せず、人前で大声を出して感情的、かつ、反論を許さない高圧的な叱り方をすることがしばしばあり、実際に反論をした女性職員を泣かせたこともあった。

B部長は、②のような指導をしながら、部下をフォローすることもなかったため、部下は、B部長から怒られないように常に顔色を窺い、不快感とともに、萎縮しながら仕事をする傾向があり、部下の間では、B部長の下ではやる気をなくすとの不満がくすぶっており、このような不満は、健康福祉部の職員の間にもあった。

このようなB部長の部下に対する指導の状況は、A市役所の本庁内では周知の事実であり、同期である亡Tもよく知るところであり、過去にはこのままでは自殺者が出る等として人事課に訴え出た職員もいたが、仕事上の能力が特に高く、弁も立ち、上司からも頼りにされていたB部長に対しては、上層部でもものを言える人物がおらず、そのため、B部長の上記指導のあり方が改善されることはなかった。

2.B部長の下での公務遂行の心理的負荷の程度

B部長の部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワハラに当たることは明らかである。

その程度も、このままでは自殺者が出ると人事課に直訴する職員も出るほどのものであり、B部長のパワハラはA市役所内では周知の事実であった。

亡Tは、未経験の福祉部門で、仕事の種類や内容がこれまでとは大きく異なり、かつ、複雑多岐にわたり、しかも、部下に対する指導が特に厳しいことで知られたB部長を上司とする児童課への異動の内示を受け、大変な職場と不安に思う一方、これまでの約30年間にわたる豊富な経験から、どこへ行っても同じとの自信を示し、心理的な葛藤を見せていたが、その時点では未だ病的ないし病前的な不安状態にあったとまではいえなかった。ところが、現実に児童課に異動した後、亡Tは、部下の指導に厳しいB部長の下で、質的に困難な公務を突然に担当することになったものであって、55歳という加齢による一般的な稼働能力の低下をも考え合わせると、B部長の下での公務の遂行は、亡Tのみならず、同人と同程度の年齢、経験を有する平均的な職員にとっても、かなりの心理的負荷になるものと認められる。

B部長の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったといえ、このことは、B部長が主観的には善意であったかどうかにかかわらない。また、現に、亡Tも児童課におけるわずかの期間に、ファミリーサポートセンター計画の件や保育園入園に関する決裁の際等に、B部長の部下に対するパワハラを目の当たりにし、また、児童課の検討課題に関するB部長自身によるヒアリングの際に自らもこれを体験している。

B部長が仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず、指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが、それらのことを理由に、これら指導がパワハラであること自体が否定されるものではなく、また、ファミリーサポートセンター計画の件においては、D補佐の起案が国の基準に合致したものであったといえるにもかかわらず、B部長は、それを超えた内容の記載を求め続け、高圧的に強く部下を非難、叱責したものであって、このような行為が部下に対して与えた心理的負荷の程度は、大きいものというべきである。

亡Tがファミリーサポートセンター計画の件や保育園入園に関する決裁の際等に目の当たりにしたB部長の部下に対する非難や叱責等は、直接亡Tに向けられたものではなかったといえるが、自分の部下が上司から叱責を受けた場合には、それを自分に対するものとしても受け止め、責任を感じるというのは、平均的な職員にとっても自然な姿であり、むしろそれが誠実な態度というべきである。そうであれば、児童課長であった亡Tは、その直属の部下がB部長から強く叱責等されていた際、自らのこととしても責任を感じ、これらにより心理的負荷を受けたことが容易に推認できるのであって、このことは、亡TがB部長のことを「人望のないB、人格のないB、職員はヤル気をなくす。」等と書き残したメモ書きからも明らかである。そして、仮に、B部長が亡Tに対しては、その仕事ぶり等を当時から評価していたとしても、それが亡Tに伝わっていない限り、同人の心理的負荷を軽減することにはならないというべきところ、本件においてそのような事情を認めるに足りる証拠はない。

コメント

上司のパワハラは直接自身に向けられたものでなくても心理的負荷を与えるものとなる

B部長の部下に対する指導に関し、一審判決が「B部長の指導は、直ちに不当なものとはいえず、また、亡Tに対して厳しい指導が行われたという具体的な事実も認められないから、亡Tに対するパワーハラスメントがあったとまでは認められない。さらに、児童課とB部長の席は、パーテーションで仕切られており、また、B部長からの指示は一般にはC次長を通じて行われていたことからすると、亡Tは日常頻繁にB部長と接していたわけではない。いわゆるうるさ型で厳しい上司の下で働くことにより、精神的な緊張を強いられる場面があったとはいえても、通常は、精神障害発症の原因となるような重い精神的負荷が生じるとは認めがたい。亡Tがこのような厳しい指導に慣れていなかったとしても同様である。」としたのに対し(亡Tの自殺の公務起因性を否定)、本判決は「部下に対する指導のあり方にパワハラという大きな問題のあったB部長のような上司の下で、児童課長として仕事をすることそれ自体による心理的負荷の大きさは、平均的な職員にとっても、うつ病を発症させたり、増悪させることについて大きな影響を与える要因であったと認められる。」とし(公務の内容から来る心理的負荷と人間関係から来る心理的負荷を総合して亡Tの自殺の公務起因性を肯定)、判断が分かれました。

パワハラが不法行為を構成するか否かという場面では、自身に対するパワハラか否かがポイントとなりますが、パワハラによって心理的負荷を受けたか否かという場面では、必ずしも自身に対するパワハラでなくても、実際にパワハラを受けている者との関係によっては、大きな心理的負荷を受けていると判断されることがあると考えられます。

 

著者プロフィール

山岸 功宗(やまぎし よしひろ)
安西法律事務所 弁護士
2006年 弁護士登録