- 身体的な攻撃型
- 精神的な攻撃型
- 個の侵害型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
【第44回】
労働者に対して会社が課した就業規則の書き写し等の教育訓練が、裁量権を逸脱、濫用した違法なものであるとして、損害賠償請求が認められた事案
JR東日本(本荘保線区)事件
最高裁二小平8.2.23判決(労判690号12頁)、
仙台高裁秋田支部平4.12.25判決(労判690号13頁)
結論
上司が労働者に対して命じた就業規則書き写し等の教育訓練は、目的や態様において不当なものであり、労働者に肉体的・精神的苦痛を与えてその人格権を侵害する違法なものであるとして、上司の不法行為責任及び使用者の使用者責任を認め、連帯して20万円の慰謝料及び5万円の弁護士費用の支払いを命じた。
事案の概要
JR東日本(以下「Y社」という。)の現場労働者であり、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であったX職員が、勤務中にバックル部分に国労マークの入っているベルト(以下「本件ベルト」という。)を着用していたため、上司である区長Aは、就業規則に違反する旨述べ取り外すよう命じたが、X職員はこれに応じなかった。そのため、区長AはX職員に就業規則の書き写し等の教育訓練を命じたところ、X職員が、本件ベルトの着用は就業規則違反ではなく、また、違反していたとしても、区長Aの命じた教育訓練は正当な業務命令の裁量の範囲を逸脱した違法があり、X職員は同行為により精神的・肉体的苦痛を与えられた等として、慰謝料100万円、弁護士費用10万円の支払いを、区長Aに対しては民法709条に基づき、Y社に対しては民法715条に基づき、それぞれ請求した。
判決のポイント
裁判所は、X職員の本件ベルト着用行為は、Y社就業規則の①勤務時間中又は会社施設内における(i)胸章、腕章等の着用禁止(ii)組合活動の禁止②職務専念義務、に違反しないか軽微な違反であると認定した上で、教育訓練命令の違法性につき、以下のように判示した。
1 教育訓練の態様
・区長AがX職員に本件ベルト着用が就業規則違反である旨指摘し、取外しを命じたが、職員Xは「就業規則なんか知らない」等反発したため、翌日、区長AはX職員に就業規則の書き写し等を命じ、他の職員には「就業規則をわからないものがいる。迷惑がかかるかもしれないが皆さん協力してください。」等と述べた。
・就業規則の書き写しは、区長Aの机の前に設置された机で午後4時30分頃まで行われ、その間、区長Aは、①X職員が手を休めていると、怒鳴る、机を叩いたり蹴ったりする②X職員に湯茶を飲むことを許さない一方、その面前でジュースを飲む③X職員が用便に行かせてくれるよう求めてもこれを容易に認めない、などした。
・その後区長AはX職員に起立しての就業規則読上げを命じ、「ふらつくな、もっと大きな声で読め。」と怒鳴ったりした。
・読上げ後就業規則の感想文の作成を命じた際、X職員が水を所望したが、区長Aは認めなかった。
・帰宅後X職員は腹痛を覚え、翌日の年次有給休暇の申出をしたが、区長Aはこれを認めなかったため、X職員は出社し、就業規則の書写しを開始したが、途中2度腹痛により病院に行きたい旨区長Aに申し出た。当初区長Aは当初これを認めず、X職員の胃潰瘍の病歴の申告を受けはじめてこれを認めた。その後X職員は病院にいき、1週間ほど入院するに至った。
2 教育訓練の違法性
・ 管理職が部下職員にいついかなる教育訓練を命じるかはその裁量に委ねられており、就業規則周知のための教育訓練を命じることも直ちに違法ではない。
・ しかし就業規則の書き写しだけでは、趣旨・意味を十分理解させるに足りず、黙読等でも目的を相当程度果たし得るのであり、合理性が疑わしい。また、本件ベルト着用の就業規則違反についての認識・理解を目的とするなら、関連部分のみの書き写しで足り、また、Y社の立場を説明し理解を得る試みがなされてしかるべきところ、本来業務を外してまで就業規則全文の書き写しをさせる教育訓練を行う必要性も理解しがたい。
・ 学童に対し国語教育として行うのであればともかく、成人した社会人が自発的意思に基づかずに就業規則を1字1句間違いないよう書き写すことは、それ自体肉体的・精神的苦痛を伴う上、区長Aの言動は、必要以上の心理的圧迫感、拘束感を与えるものであり、X職員の人格を少なからず傷つけ、また、健康状態に対する配慮に欠けるところが多分にあった。
→ 教育訓練命令は見せしめを兼ねた懲罰的目的からなされたものと推認せざるを得ず、目的においても具体的態様においても不当なものであって、Xの人格権を侵害するものであるから、教育訓練についての裁量権を逸脱した違法なものであり、損害賠償義務を負う。
コメント
教育訓練はその目的や目的に対する内容に合理性があるか検討の上行う必要がある。
本件はJR(旧国鉄)の労使間紛争という背景があるものの、不合理・不当な教育訓練命令は、裁量権を逸脱または濫用し、社員の人格権を侵害する違法な行為であり、不法行為に当たるという考え方は、業務命令の違法性に係る一般的な裁判所の考え方と同様と言えるでしょう。
本判決においては、就業規則の周知徹底を図る教育訓練自体が否定されたわけではなく、書き写しを命じることが直ちに違法というわけでもありません。例えばごく短い社訓の書き写しや音読を新入社員研修で行うということに教育効果が期待できることもあるでしょう。しかし本件は、上記経緯からすれば見せしめであることが窺えたうえに、怒鳴る・蹴る、飲み物を与えない、体調不良を訴えても対応しないなどといった行為があり、違法と認定されたことはやむを得ないといえます。
使用者は、特に問題社員に改善のための教育訓練を命じる際、改善を求める事項に対し命じる教育訓練の内容が合理的なものであるか、むしろ懲罰的内容になってしまっていないか、一度立ち止まって検討をすることが求められます。
著者プロフィール
加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録