- 個の侵害型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
【第42回】
部下の私的な生活範囲に対する会社上司の関与が不法行為にあたると判断された事案
ダイエー事件
横浜地判平2.5.29判時1367号131頁
結論
上司から部下に対する言動が不法行為にあたるとして,慰謝料請求を認めた。
事案の概要
Y1社の社員Xは,A氏から個人的に賃借りし、住居として使用していた建物(以下「本件建物」といいます。)について、A氏から契約更新期に明け渡しを求められたものの、これに応じようとせず、話し合いがこじれた。そこでA氏は、知人である、Y1社のB専務に対し、社員Xとの話し合い解決のための協力を依頼し、B専務は了承した。その上でB専務は社員Xに対し、本件建物の明け渡しを説得したところ、社員Xは条件の良いところがあれば移転することとし、A氏が適当な物件を探すことになったが、その後、A氏が探し出した多数の物件に対し社員Xは何らの反応も示さなかった。そこでB専務は社員Xに対し至急A氏と話し合いをするよう勧告し、また社員Xの上司であるY2次長は、左遷など人事上の不利益取扱いもほのめかしながら、本件建物の明け渡しを繰り返し迫った。社員Xは結局明け渡しには応じず、またY2次長の言動は不法行為にあたるとして、Y2次長及びY1社に対して損害賠償を求めた。
判決のポイント
①企業内において上司ないし序列上上位にあるものが部下ないしは下位にある者の私生活上の問題につき一定の助言、忠告、説得をすることも一概にこれを許されないものということはできない。例えば、部下が会社とは関係なく個人的に賃借している住宅につき、家主との間で賃貸借の終了及びその明渡しをめぐって紛争状態にある場合、上司が部下から当該紛争につき助言・協力を求められた場合は勿論、そうでなく会社若しくは上司自身の都合から積極的に説得を試みる場合であっても、それが一定の節度をもってなされる限り、部下に多少の違和感、不快感をもたらしたからといって、直ちに違法と断ずることはできない。
②しかしながら、部下が既に諸々の事情を考慮したうえ、自らの責任において、家主との間で自主的解決に応じないことを確定的に決断している場合に、上司がなおも会社若しくは自らの都合から、会社における職制上の優越的地位を利用して、家主との和解ないしは明渡し要求に応じるよう執拗に強要することは、許された説得の範囲を越え、部下の私的問題に関する自己決定の自由を侵害するものであって、不法行為を構成するものというべきである。
③本件についてみるに、Y2次長は、社員Xが本件建物の明渡を頑強に拒んでいることを知ったうえで、社員Xに対して人事上の不利益をほのめかしながら、少なくとも2か月間前後8回にわたり執拗に本件建物をA氏に明け渡すことを説得し続けたというのであるから、上司として許された説得の範囲を越えた違法な行為というべきであり、Y2次長は、このことにより社員Xが受けた精神的苦痛を慰謝すべきものというべく、これを慰謝するには金30万円の支払をもってするのが相当である。
また、Y2次長の不法行為がY1社の事業の執行に関してなされたことは明らかであるから、Y1社は、民法715条に基づき、使用者として、Y2次長と連帯して原告に対する損害賠償義務を負う。
コメント
上司が部下の私生活上の問題につき、会社若しくは自らの都合から、会社における職制上の優越的地位を利用して、一定の解決策を執拗に強要することは、不法行為として損害賠償責任を負う場合がある。
企業内で上司が部下の私生活上の問題につき一定の助言、説得を行うことが一般に見られるところです。この助言や説得が,会社若しくは上司自身の都合から積極的に行われた場合であっても、それが一定の節度をもってなされる限り、部下に多少の違和感、不快感をもたらしたからといって、そのことで直ちに違法となるものではありません。
しかし、部下が既に当該問題への対応について確定的に決断しているにもかかわらず、上司がなおも会社若しくは自らの都合から、会社における職制上の優越的地位を利用して、一定の解決策を執拗に強要するとは,許された説得の範囲を越え、部下の私的問題に関する自己決定の自由を侵害するものとして不法行為を構成し、損害賠償責任を自己のみならず使用者である企業も負うことに留意する必要があります。
著者プロフィール
荻谷 聡史(おぎや さとし)
安西法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録