- 過小な要求型
【第35回】
退職勧奨に応じなかった、開発業務に従事していた管理職に対する肉体労働への配転命令が、権利の濫用として無効と判断され、元の部署に勤務する地位にあることが認められた事案
フジシール(配転・降格)事件
大阪地裁平12.8.28判決
労判793号13頁
結論
配転命令は権利の濫用であり無効。
事案の概要
関連会社Aのソフトパウチ技術開発部門に部長として出向していたY社の社員X(当時54歳)に対し、以下の経緯を経た上で、Y社筑波工場でのインク担当業務への配転【配転命令①】及び関連会社B奈良工場への「印刷関連」業務への配転【配転命令②】がなされたところ、Xが、配転命令①及び②が無効であることを前提として(1)XがAのソフトパウチ部に勤務する雇用契約上の地位にあることの確認(2)配転命令①及び②により被った精神的損害に対する慰謝料の支払い(3)配転命令①により部長職を解かれたことによる役職手当及び住宅手当減額分相当額の支払い等求めた事案。
(Xはこのほか、降格処分の無効及び同降格に伴う賃金減額相当額の支払いを求め、これら請求については認容されている。)
【経緯】
①Xが使用者の退職勧奨に応じなかったところ、得意先への訪問を禁止され、Y社会長から「管理職としての業績不振の責任をとってもらう。」として、配置転換先が決まるまで自宅待機をするよう命じられた。その後配転命令①がなされた。
②Xは同配転命令①に応じつつも、筑波工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを仮に定める仮処分の申立てを行ったところ、裁判所はXの言い分を認める決定をした。この配転命令①の有効性は引き続き本件訴訟で争われることとなったが、Y社は、Yに自宅待機を命じたのち、上記仮処分決定を受けて暫定的に配転命令②を命じた。
判決のポイント
1.配転命令①の違法性
上記経緯①、Xを配転した「インキ担当」は、初めて作られたポストであり、Xが同職を離れた後同ポストについた労働者がいないこと、X担当業務は、15、6キロのインク缶を棚から下ろして台車で運ぶ、配合表に従ってインキを混ぜたりこねたりする、印刷機械に運ぶ等といった肉体労働かつ経験不要の単純作業であったこと、同業務に従事する他の労働者は20~40歳であり、Xとは別の部署に所属していること、Xには資料整理等の範囲で関わったことを除きインキ担当としての経験がないこと、等を総合考慮するなら、Xを同業務に従事させる業務上の必要性はなく、本件配転命令①は退職勧奨拒否に対する嫌がらせとして発令されたもので、権利の濫用であり無効。
2.配転命令②の違法性
配転命令①の有効性が本訴で争われている間に暫定的配置をすることは、労働者の労働条件を著しく不安定にするものである上、Xが奈良工場で従事している業務は、工場の製造ラインから排出されるゴミを回収し、手押し台車に入れ、工場屋外に設置されているゴミ回収車の荷台に入れる作業等であって、従前は嘱託社員が行っていたものであり、Xを配転する業務上の必要性はなく、権利の濫用であり無効。
3.慰謝料
配転命令①及び②を無効とすることで足り、これを超える損害は認められない。
4.部長職を解いた有効性
部長職は職位に関するものであり、Yの人事権の裁量に委ねられるものであるし、Xは取引先との間で問題を生じさせ、Xの対応にYの社内で批判があったことからすれば、Xの部長職を解くYの判断を人事権の濫用とまではいえない。
コメント
嫌がらせを目的とする配転命令は無効となる。
配転は、就業規則等に命じる根拠があり、勤務地や職種限定の合意がなければ、(1)業務上の必要性が存しない場合(2)業務上の必要性が存する場合でも、転勤命令が①他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは②労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでない限り、使用者による配転命令は権利の濫用として無効とはならず、また、業務上の必要性の有無については、「余人をもって容易に替え難い」という高度の必要性までは不要とされているなど、使用者に広い裁量権があると考えられています。また、未経験の業務に配転し将来に向けての経験を積ませることや、増産対応のためスタッフ職が臨時的に組立作業等肉体労働に従事することはあり得、未経験業務や肉体労働への配転が直ちに違法となるわけではありません。本件では、Xに取引先とのトラブルという事情もあったようであり、別の部署への異動そのものには必要性があった可能性はあります。
しかし、本件のように、開発に従事する管理職を単純作業の肉体労働に配転することは、いわゆる「左遷」という印象を抱く労働者がいることは想像に難くありません。このような類型の場合、使用者としてはより慎重にその必要性を整理した上で、配転を命じることが肝要となります。
本件では、①いずれYにインキの改良業務・顧客との折衝等を担当させる予定であり、その際机上の空論にならぬよう現場業務を経験させている②ゴミ回収作業を行う中から、産業廃棄物対策について、問題意識をもって改善提案を行うことを期待し配置したなどという主張を使用者側は行っていますが、退職勧奨や「責任をとってもらう」といった言動の後に行なわれたという経緯や、上記他の同種業務に従事する労働者の構成等を踏まえれば、使用者側の主張に説得力がなく、むしろ嫌がらせとして発令されたとの評価に繋がったのもやむを得ないものと思われます。
著者プロフィール
加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録