- 過小な要求型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
【第32回】
バスの運転士に対して1ヶ月にわたって除草作業を命じたことが「いじめ」にあたると判断された事案
神奈川中央交通(大和営業所)事件
横浜地裁平11.9.21判決
労判771号32頁
結論
違法な業務命令にあたる。
事案の概要
路線バスを駐車車両に接触させる事故を起こしたバスの運転士Xに対し、営業所所長Yが、①下車勤務として1ヶ月の営業所構内の除草作業を命じ、さらに、②乗車勤務復帰後に1ヶ月以上の添乗指導(指導運転士が同乗して、本人の運転状況等を指導すること)を受けることを命じたことにつき、当該運転士が、会社と営業所所長に対し、慰謝料の支払を求めた事案。
判決のポイント
1.除草作業を命じたことの違法性
Xが路線バスを駐車車両に接触させる事故を起こしたことについて、Xには過失が認められないとしても、Xの不注意により事故の発生を認識しなかったことは否定できないため、YがXに下車勤務を命令したこと自体は違法ではない。
ただ、Yの一存で、期限を付さず連続した出勤日に、多数ある下車勤務の勤務形態の中から最も過酷な作業である炎天下における除草作業のみを選択し、Xが病気になっても仕方がないとの認識のもと、終日または午前あるいは午後一杯従事させることは、Xに対する人権侵害の程度が非常に大きい。
また、下車勤務の目的(安全な運転を行うことができないおそれがある運転士を一時的に乗車勤務から外し、その運転士に乗車勤務復帰後に安全な運転を行わせるという目的)からも大きく逸脱している。
したがって、この命令は、Yの裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令である。
2.添乗指導を受けるように命じたことの違法性
YがXに対し、添乗指導を受けるように命じたことについては、Xに運転技術上の問題があると考え、その矯正を目的としてなされた業務命令であることが明らかであり、目的は正当である。
また、その手段としては、Yから班長運転士に対してXの欠点と思われる事項が申送りされた上、X自らに運転をさせ、そこに添乗した熟練の班長運転士に、その度に個別に欠点を指摘させる方法をとっており、適切である。
よって、当該命令は適法妥当なものであって、違法とは認められない。
コメント
正当な理由なく過少な業務を命じることは「パワハラ」となる
本件では、除草作業を1ヶ月にわたって命じたことがパワハラとして認定されましたが、裁判所がこのように認定したポイントとしては、①期限も示さずに毎日命じたこと、②命じた内容が過酷であったこと、③正当な目的から逸脱していたこと、という点が挙げられます。
まず前提として、判決では、除草作業は乗車勤務に就いていない運転士の誰かが行うものと想定されていたと認定しており、除草作業を命じること自体が違法であるとは評価していません。
しかし、本件において、Yは、何ら期限を示さずに毎日除草作業をするように命じており、しかも、Xが除草作業を命じられたのは、8月の炎天下でのことであり、過酷な作業を毎日連続で命じることについて、判決が「人権侵害の程度が非常に大きい」と評価したのも当然であると考えられます。
そして、本来、「下車勤務」は、運転士を一時的に乗車勤務から外し、乗車勤務に復帰した後に安全な運転を行わせるという目的で命じるべきものであるにもかかわらず、Xに命じられた当該命令は、Xに対する懲罰として行われたものに等しく、下車勤務の本来の目的から大きく逸脱したものでした。特に、本件では、Yが「病気になっても仕方がない」との認識のもとで当該業務を命じたと認定された点も、裁判所がパワハラを認定する上で決定的なポイントになったといえるでしょう。
企業において、本来の業務と比較すると「過少な業務」といえるような業務を命じることも時と場合によってはあると思いますが、その場合には、目的が正当かどうか、手段が相当かどうかという点に十分に注意を払う必要があります。
著者プロフィール
岡村 光男(おかむら みつお)
安西法律事務所 弁護士
2007年 弁護士登録