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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第29回】「懲戒処分通知を受けた際にパワーハラスメントを受けたとして慰謝料の支払いを求めた事案」 ― 懲戒処分無効確認等請求控訴事件

  • パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例

【第29回】
懲戒処分通知を受けた際にパワーハラスメントを受けたとして慰謝料の支払いを求めた事案

事案の概要

社会福祉法人(「被告法人」)に雇用されていた原告が、出勤停止の懲戒処分通知を受けた際、理事(「被告理事」)からパワーハラスメントを受けたとして慰謝料100万円の支払を求めた事案。

一審は、被告理事の発言はパワーハラスメントに当たらないとして慰謝料請求を棄却した。その控訴審においても原判決は相当であるとして、控訴を棄却した事案。

判旨

(1)発言内容

本判決は、原告(控訴人。以下「原告」)が出勤停止の懲戒処分通知を被告理事から受けた際、以下のような発言があったと認定した(事実認定は一審と同じ)。

[被告理事の発言]

  • (処分通知書交付の際、原告がこれは不当な処分なので受け入れられない旨述べると)これは通知だとし、拒否とか選択はない旨発言した。
  • 処分を受け入れない場合は「即日懲戒処分します。服務規程違反ですから、命令違反ですからね、これは命令ですから」と述べた。
  • 拒否するなら結構だが、まず間違いなく懲戒処分する旨述べた。
  • 従えないということであれば「即日懲戒解雇致します。」「重大な服務規程違反ですから、懲戒解雇の重大な理由ですから、即日懲戒解雇ですよ」「即日懲戒解雇は何の機関にかける必要はないですからね、いいですね、私はやりますよ」「即日懲戒解雇ですよ、よく考えてください」などと述べた。

 

(2)パワーハラスメントに当たるかの判断

本判決は、上記(1)の発言の際、被告理事は「懲戒解雇」と繰り返したり、ときに声を荒げていることも否定できないものの、発言全体を考慮すると、原告が出勤停止処分に反し出勤した場合にはこれを理由にさらに懲戒解雇になり得る旨を述べているに留まり(被告法人の就業規則上、懲戒解雇事由として業務上の指示命令に従わないときと定められている。)、理由がない言動とまでは言えず、違法なパワーハラスメント行為とまでは評価できないと判断した(一審と同じ判断。)。

なお、原告への懲戒処分自体は、弁明の機会を与えずされたものであり、手続的違法を理由に一審及び本判決において無効と判断されている。

コメント

本件は、非違行為があるとして出勤停止1か月の処分を受けた原告が、処分の無効及び処分通知をした理事の発言に問題があったとして被告法人及び理事を訴えたものです。上記のとおり、原告に対する処分自体は、処分の際原告に弁明の機会を与えていなかったとして重大な手続違反で無効とされました。

被告法人の就業規則上、懲戒解雇事由として「業務上の指示命令に従わなかったとき」が規定されており、出勤停止処分に反して出勤すれば懲戒解雇される可能性があります。

よって、被告理事の発言は、出勤停止処分という命令に従わなかった場合に原告がこれを理由としてさらに懲戒解雇処分を受ける可能性があるという意味で、間違いとは言えません。もっとも、被告理事の発言は、処分未定の段階であるのに「即日懲戒解雇」「私はやりますよ」など懲戒解雇が絶対であるかのような印象、断定的とも受け取られかねない内容を含んでいるほか、発言の際に声を荒げていたということですから、処分通知の方法としてはやや穏当さを欠くとも思われます。

パワーハラスメントへの該当性を判断する際には、発言の一部だけではなくその趣旨・目的などを全体として見て判断することになります。理事の発言は一部やや不穏当とも思える表現・態様を含んでいますが、全体としては就業規則の説明をしたものとして、本件では理由のある発言だと判断されました。

使用者が労働者を懲戒に処する場合、判断自体に慎重さが必要なのは言うまでもありませんが、その処分通知の方法にも留意しなければなりません。

労働者に懲戒処分を通知する際は、不利益な通知を受ける以上、労働者の反発も予想されますので、通知者は感情的な表現や声色を避けるとともに、誤解を招かないため、断定的な表現にならないよう留意することが望ましいでしょう。例えば、出勤停止の場合には、出勤停止処分に反して出勤した場合には、これを理由として更なる懲戒処分を受ける場合がある、などの表現であればより穏当と言えるでしょう。

本判決は、事例判断として、通知の際にどのような表現が違法でないかを検討する際の参考になります。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業