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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第28回】「上司、同僚等からパワハラを受けたとして会社に慰謝料の支払いを求めた事案」 ― 社会福祉法人大阪府障害者福祉事業団事件

  • パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例

【第28回】
上司、同僚等からパワハラを受けたとして会社に慰謝料の支払いを求めた事案

事案の概要

知的障害者の施設で勤務していた原告が、雇用主であった被告の従業員複数からパワーハラスメントを受けたとして、被告に対し不法行為に基づく慰謝料の支払(使用者責任)等を求めて提訴した事案

判旨

(1) 原告の主張したパワーハラスメント

原告は、以下のとおりパワーハラスメントを受けたと主張し、慰謝料150万円を請求した。

上司aは、原告が施設内の問題点を複数回指摘したことを逆恨みし、上司bに対し、原告が非違行為を犯しているとの虚偽の報告をした。

原告が施設内の問題を大阪府知事に投書したことへの報復から、被告は、原告を雇止めとすることを通告し、雇止め通知書にサインを求めた。

配置転換後、新たな上司cから「2度と同じことをするなよ。分かってるな、今度したら終わりやぞ」と厳しい顔つきと断定的な口調で言われた。これは、今度内部告発をすれば首にするという脅迫である。

職場の宴会の席で、上司dが「どこの馬の骨か分からん非常勤(原告のこと)風情が正職員のやることに口出しするな」と数回大声で言い、他の職員が同調して拍手した。

虐待を疑って利用者の発言を記録に残そうとした原告を、被告は、希望していない部署に配置転換した。

部署内の会議中に他部署から応援要請があったので、原告がこれを他職員に告げたが無視された。そこで、原告が会議を抜けて応援に赴き、応援を終了して会議に戻ったところ、原告が「帰りました」と挨拶しても、他の職員は無言であり、「ご苦労様」との言葉もなかった。

原告が利用者に対する虐待を上司に報告して以降、同僚からのパワーハラスメントがエスカレートした。寮長から原告あてに電話がかかってきた際、同僚aは、子機をあごでしゃくるようにして指示しながら、寮長からの電話であることが明らかなのに、「誰か分からんけど電話や」と横柄な態度で言った。同僚aは、それ以降原告が挨拶しても無視し、仕事の指示もしなくなった。

(2)判断内容

原告の主張に対し、以下のとおり判断された。

上司aには虚偽の報告をする動機が見られないほか、報告内容が虚偽であるという証拠がない。

雇止めの通告時、被告が原告の大阪府知事に対する投書を知っていた証拠はなく、また、雇止めは結局撤回されているから、雇止めの通告は不法行為に当たらない。

上司cの発言が仮にあったとしても、原告自身が何について2度とやるなと言っているかを明確に分かっていなかったから、「内部告発すれば首にすると脅迫された」という原告の主張は認められない。

上司dの発言を認めるに足りる証拠はない。

原告は、引継帳において、同僚に対するけんか腰の威圧的な記載をしていることからすると、部署内の人間関係に配慮して原告を異動させたとの被告の主張は合理的である。配置転換はパワーハラスメントに当たらない。

会議中に原告からの呼びかけに答えなかったことが不法行為上違法と評価すべき事柄であるかが疑問である上、原告の主張を裏付ける証拠はない。

原告の主張する電話対応のみをもって不法行為と評価することはできない外、同僚aは当日出勤していないなど、原告の主張を裏付ける証拠はない。

(3)結論

以上のとおり、原告が主張したパワーハラスメントは、証拠がない、又は不法行為を構成しないと判断し、原告の請求を棄却した。

コメント

本件では、事実関係に関する判断が詳細になされており、裁判所がどのようにして原告の供述の信用性などを評価しながら証拠に基づき事実認定をしたかを知るための参考になります。

原告は、パワーハラスメントによりある時期以降無視されたり、指示を受けることができなくなったと主張しました。その一方で、原告が挨拶した際に他の職員は頭を少し下げていたとも述べており、自分自身の主張と整合しない部分がありました。

また、原告は、施設内で利用者が他の職員から虐待されていることを投書・報告等したことが原因でパワーハラスメントを受けたと主張しました。しかし、原告自身の勤務態度に問題があったとも考えられ(引継帳に同僚に対する複数の威圧的・侮辱的記載をするなど)、職場内で人間関係のトラブルが発生していました。

そのような中で、原告が同僚や上司からパワーハラスメントを受けたと主張した事実のうちいくつかは、仮に存在したとしても、不法行為に当たるかどうかがそもそも疑問であると評価されました(上記2(2)カ、キなど)。

一般に、ある行為がパワーハラスメント(不法行為)に当たるかどうかは、単に当事者が不愉快に感じたかどうかだけでなく、その目的や態様、程度などから総合的に判断されることになります。本件において、原告は主観的にパワーハラスメントを受けたと感じたものの、裁判所は客観的にパワーハラスメントに当たらないと判断しました。

もっとも、ある行為・状況がパワーハラスメントに当たらないとしても、本件のように人間関係が悪化している場合には、就労環境そのものが悪化することにつながりかねず、原告だけでなく周囲の職員も過度のストレスを抱え、健康を損なう事態が想定されます。

よって、そのような場合に関係当事者を配置転換して快適な働きやすい就労環境を整備しようとすることは、使用者の適正な人事権の行使として採るべき選択肢の一つであり、安全配慮義務の履行の一環ともいえるでしょう。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業