- 精神的な攻撃型
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- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
- 同僚同士のパワハラの裁判例
【第3回】
先輩によるいじめと会社の法的責任
誠昇会北本共済病院事件
さいたま地判平成16年9月24日
労判883号38頁
はじめに
職場において、先輩社員が後輩に対し、悪質ないじめを繰り返した場合、当該先輩社員が民事上の責任や刑事上の責任を負うことは言うまでもありません。問題は当該いじめが職場で専らなされた場合、会社が加害社員と連帯して民事上の損害賠償責任を負うか否かにあります。ここでは裁判例の紹介を通じて、この問題を解説することとします(誠昇会北本共済病院事件)。
事案の概要
X(男性)はY病院に入社し、看護師資格の取得を目指し看護専門学校に通学しながら准看護師として勤務していました。同病院には男性准看護師5名が勤務しており、Aが一番上の先輩で、Xが一番下の後輩でした。男性准看護師の間では先輩の言動が絶対的とされ、一番先輩であるAが後輩を服従させる関係が継続しており、AからXに対し、次のようないじめや嫌がらせがありました。
① 勤務時間終了後も、Aらの遊びに無理矢理付き合わされたり、Xの学校試験前に朝まで飲み会に付き合わされた。
② Aの肩もみ、家の掃除、車の洗車などの雑用を一方的に命じられた。
③ Aの個人的な用事のため車の送迎等を命じられた。
④ Xが交際している女性Bと勤務時間外に会おうとすると、Aから仕事だと偽り病院に呼出を受けたり、AがXの携帯電話を無断で使用し、Bにメールを送る等した。
⑤ 職員旅行において、AがXに一気のみを強い、急性アルコール中毒となった。
⑥ 忘年会においてAらがXに対し職員旅行におけるアルコール中毒を話題にして「あのとき死んじゃったら良かったんだよ、馬鹿」「うるせえよ、死ねよ」等と発言した。その後も引き続きAらは、Y病院の仕事中においても、Xに対し何かあると「死ねよ」と告げたり、「殺す」などの文言を含んだ電子メールを送信した。
⑦ 自殺直前、Xはからになった血液検査を誤って出したところ、Aにしつこく叱責された。同日のY病院外来会議で、からの検体を出したり、Xの様子がおかしいことが話題になったところ、Aはその席で、Xにやる気がない、覚える気がないなどとXを非難した。
請求内容
Xが自殺したところ、遺族(両親)がAおよびY病院に対し、いじめによってXが自殺に追い込まれたとし、民事損害賠償請求を提起したものです。
地裁判決 原告の請求おおむね認容
A個人の損害賠償責任と損害賠償額
「認定の事実関係によれば、Aは、自ら又は他の男性看護師を通じて、Xに対し、冷かし・からかい、嘲笑・悪口、他人の前で恥辱・屈辱を与える、たたくなどの暴力等の違法な本件いじめを行ったものと認められるから、民法709条に基づき、本件いじめによってXが被った損害を賠償する不法行為責任がある。」「AらのXに対するいじめは、長期間にわたり、しつように行われていたこと、Xに対して「死ねよ。」との言葉が浴びせられていたこと、Aは、Xの勤務状態・心身の状況を認識していたことなどに照らせば、A は、X が自殺を図るかもしれないことを予見することは可能であったと認めるのが相当である」として、Aに対し慰謝料として1.000万円の損害賠償額を遺族に支払うよう命じました。
Y病院の債務不履行責任
「Y病院は、Xに対し、雇用契約に基づき、信義則上、労務を提供する過程において、Xの生命及び身体を危険から保護するように安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解される。具体的には、職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、Xの生命及び身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められる。」 「これを本件についてみれば、Aらの後輩に対する職場でのいじめは従前から続いていたこと、Xに対するいじめは3年近くに及んでいること、本件職員旅行の出来事や外来会議でのやり取りは雇い主であるY病院も認識が可能であったことなど上記認定の事実関係の下において、Y病院はAらのXに対する本件いじめを認識することが可能であったにもかかわらず、これを認識していじめを防止する措置を採らなかった安全配慮義務違反の債務不履行があったと認めることができる。したがって、Y病院は、民法415条に基づき、上記安全配慮義務違反の債務不履行によってXが被った損害を賠償する責任がある。」
Y病院の損害賠償額
「上記認定の事実関係の下において、Y病院がAらの行った本件いじめの内容やその深刻さを具体的に認識していたとは認められないし、いじめと自殺との関係から、Y病院は、Xが自殺するかもしれないことについて予見可能であったとまでは認めがたい。」「Y病院は、本件いじめを防止できなかったことによってXが被った損害について賠償する責任はあるが、Xが死亡したことによる損害については賠償責任がない」としてXが本件いじめによって被った精神的苦痛に対する慰謝料のうち500万円の限りにおいて、Aと連帯して損害賠償責任を負うよう命じました。
コメント
本判決は、会社が労働者に対して負う安全配慮義務の中に「職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、労働者の生命及び身体を危険から保護する」義務が含まれる旨、判示しましたが、実務的にも極めて重要です。当該安全配慮義務を負うとすれば、会社及び管理者たる上司は、職場内における先輩・同僚間のいじめの存在を軽視・無視することは許されません。上司等が労働者間の違法ないじめ行為を現認していた場合はもちろん、本件のように職員旅行や外来会議などでのやり取りを基に違法ないじめが認識可能とされた場合も、会社側に法的責任が生じうる点に注意が必要です。したがって、会社や上司等は、職場におけるいじめを軽視ないし無視せず、いじめ等の兆候があれば、早めに相談に応じたり、社内のヘルプライン等を紹介し、いじめ防止に取り組む等の対応を講じていく必要があります。
なお本判決では、AがX遺族に対し負うべき損害賠償額を1000万円と命じたのに対し、Y病院の損害賠償額は「本件いじめの内容やその深刻さを具体的に認識していたとは認められないし、いじめと自殺との関係からXが自殺するかもしれないことについて予見可能であったとまでは認めがたい」とし、Y病院がAと連帯して負う損害賠償額を500万円に留めました。
著者プロフィール
北岡 大介
北岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士