- 精神的な攻撃型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
- 相談対応における会社の責任についての裁判例
【第19回】
派遣労働者が就労先でパワハラを受けたとして派遣先に慰謝料等を請求した事案
アークレイファクトリー事件
大阪高裁平成25年10月9日判決
(一審:大津地方裁判所平成24年10月30日判決)労働判例1083号24頁
事案の概要
派遣労働者として就労していた原告(被控訴人)が、派遣先(被告、控訴人。以下「被告会社」という。)の従業員らからパワーハラスメントを受けたため、被告会社での派遣就労をやめざるを得なくなったと主張して、被告会社に対し、不法行為(使用者責任)及び被告会社自身の不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料等の支払いを求めた事案。
一審は被告会社に対し、被告会社の従業員らによるパワーハラスメントがあったとして、被告会社の使用者責任及び従業員らを指導教育していなかった点について職場環境維持義務違反があるとして被告会社自身の不法行為の成立を認め、慰謝料80万円(使用者責任に基づく慰謝料として50万円、被告会社自身の不法行為に基づく慰謝料として30万円)の支払いを命じた。
二審である本判決は、被告会社の従業員らによるパワーハラスメントがあったとして、被告会社の使用者責任は認めたが、被告会社自身の不法行為責任を認めず、また慰謝料の金額も30万円と減額した。
判旨
(1) 被告会社の従業員らのパワーハラスメント
被告会社の正社員である従業員らが、(1)作業を指示どおり行っていなかった原告を叱責する際に「殺すぞ」と発言したことについては、労務遂行上の指導・監督の場面において、監督者が監督を受ける者に叱責、指示等を行う際には、労務遂行の適切さを期する目的において適切な言辞を選んでしなければならないのは当然の注意義務であり、監督者の極端な言辞について、監督を受ける者がその発言が真意でないことを認識し得るとしても、日常的にそのような極端な言辞による指導・監督を受忍しなければならないとまではいえず、逆に監督者は、そのような言辞をもってする指導が監督を受ける者との人間関係や当人の理解力等を勘案して、適切に指導の目的を達し、その真意を伝えているかどうかを注意する義務があるとした。
また、指導に付随してなされた軽口ともみえる(2)原告の所有する自動車に危害を加えるかのような発言をしたことについては、それが1回だけであれば、違法とならないこともあり得るとしても、当惑や不快の念が示されているのに繰り返し行う場合には、嫌がらせや時には侮辱といった意味を有するに至り、違法性を帯びるとした。
本件では、極端な言辞をもってする指導や対応が繰り返されており、全体として見れば違法性を有するとして、被告会社の従業員らの不法行為を認めた。
(2)被告会社の使用者責任
パワーハラスメントを行っていた従業員らは、指導・監督を行う立場にある者として、業務上の指導の際に用いる言葉遣いや指導方法について、被告会社の上司から指導や注意、教育を受けたことはなかったと自認しており、被告会社が、従業員らの選任・監督について、注意を怠ったと認めるのが相当として、被告会社の使用者責任を認めた。
(3)被告会社固有の不法行為
被告会社は原告から、パワーハラスメントを受けた旨の申告を受け、1ヶ月以上後に当事者に対する調査を開始しており、迅速とはいえないものの、当時の被告会社の認識からすれば、原告の受け止め方の問題とも解する余地があったということもでき、違法とまではいえないとして、使用者責任以外の被告会社固有の不法行為の成立を認めなかった。
(4)労働者の態度を原因とした過失相殺
原告には、仕事を覚えるのが遅い、即時に報告すべき事項を翌日になって報告した、指示した手順に従わず、勝手な手順で作業を進めるなどのミスや問題を起こすことがあったが、原告の就業態度が横柄で不誠実であるとか、敢えて指示に背いたり、意図的にトラブルを生じさせたとはいえず、従業員らの発言は、原告の就業態度から見て、憤まんを抑えることができず、やむを得ずになされた同情の余地がある発言とは言い難いため、原告の態度を原因として過失相殺することはできないとした。
(5)慰謝料の金額
被告会社従業員らの言動は唐突で極端な部分があり、正社員と派遣社員という基本的には反論を許さない支配・被支配の関係の中では不適切であるし、原告が嫌がっているにもかかわらず繰り返されており、社会通念上著しく相当性を欠くものの、被告会社従業員らに強い害意や常時嫌がらせの指向があったわけではなく、態様としても受け止めや個人的な感覚によっては単なる軽口として聞き流すことも不可能ではない、多義的な部分も多く含まれていることも考慮して、慰謝料の金額を一審から減額して、30万円と判断した。
解説
(1)パワーハラスメントと認定された事実
本事案で、被告会社は、(1)の言動を行った従業員はもともと荒っぽい言動をする性格で、「いい加減にせえよ」という程度の意味であり、原告も十分この者の性格を知っていたから違法ではないと主張しました。
判決ではこの「殺す」という表現を「労務遂行上の指導を行う際に用いる言葉としては、いかにも唐突で逸脱した言辞」「いかにも粗雑で、極端」と評し、仮にこの言葉をかけられた側が実際に害意のないことや発言者が荒っぽい性格だと知っていたとしても、このような言葉を受忍するいわれはない、と断じました。
(2)の、原告の所有する自動車に危害を加えるかのような発言は、原告に対する冗談やからかいとして行われたものとも見えます。しかし、原告はこうした発言を嫌がり、嫌がっていることを何度も表明している中で、被告会社従業員らが発言を繰り返したことから、違法と判断されました。真に危害を加える意図がなく、冗談であっても、相手が嫌がっていることが分かっている以上、そのような軽口は避けるべきです。
本判決は、そのような発言が1回であれば違法とならないこともありうるが、当惑や不快の念が示されているにもかかわらず繰り返されたときは「嫌がらせや時には侮辱といった意味を有」し、違法となると判断しました。
とはいえ、従業員らの原告に対する発言の中には、人によっては冗談や軽口だと受け止め、全く問題とならないものも含まれていること、被告会社従業員らに強い害意があったとまではいえないことなどから、慰謝料の金額は低減されました。
(2)労働者の態度を原因とする過失相殺
労働者が業務上ミスをしたり、軽微とはいえ指示に従わないということは往々にしてあり、この場合に常に過失相殺が認められれば、ミスや指示違反等をした労働者に対しては、どんな態様の監督・指導を行ってもよいということになりかねません。本判決では、労働者の就業態度が不誠実で、横柄なものであったとか、あえて指示に背いたり、意図的にトラブルを生じさせたとまではいえないとして、過失相殺を認めませんでした。
労働者の態度を過失相殺ととらえることができるのはごく例外的な場合に限られるでしょう。
コメント
たとえ真意は「いい加減にしろ」という程度の意味であったにしても、そもそも労働者を指導・注意をする際には、適切な言辞を選ばなければならない注意義務があり、「殺す」という表現は不適切といえるでしょう。
また、職場において、粗暴な言葉遣いはもちろんのこと、相手の意に反する不用意な発言の反復継続は避けるべきでしょう。余りに度を越せば、単なるマナー違反にとどまらず、本件のように慰謝料支払をもって償わなければならない事態にまで発展して、法的な責任を追及するおそれがあります。
著者プロフィール
石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業