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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第2回】「上司の叱責とパワハラ」 ― 前田道路事件

  • 精神的な攻撃型
  • パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例

【第2回】
上司の叱責とパワハラ

はじめに

時に職場において、上司が部下を厳しく叱ることがあります。叱られた部下からすれば、非常に心理的に辛いものですが、さらに他の同僚や自分の部下などがいる前で叱られた場合、体面上の苦痛も味わうこととなります。このため職場における上司の叱責は、如何なる場合も許されないようにも思われるところですが、裁判例では以下の判断を行ったものがあります(前田道路事件)。

事案の概要

Y社は建設業を営んでおり、Aは同社において建設施工業務に従事していたところ、B営業所長に昇進しました。昇進後、Aの上司がB営業所に監査に訪れたところ、Aが架空出来高を計上するなど不正経理を行っていたことが発覚しました。上司は当該不正経理を早期に是正するようAに対し指導しましたが、Aは1年近く是正を行いませんでした。これに対し上司は、Aに対して日報報告の際、電話でたびたび叱責するとともに、業績検討会において、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」旨の発言を行いました。Aは当該検討会の3日後に、「怒られるのも、言い訳するのも、つかれました」などと記した遺書を残して自殺し、その遺族がY社等に対して、民事損害賠償請求を提起したものです。

地裁判決 請求認容

「(不正経理改善の)目標値は、・・営業環境に照らして達成困難な目標値であったというほかなく・・ほかの職員が端から見て明らかに落ち込んだ様子を見せるに至るまで叱責したり、業績検討会の際に、「・・辞めても楽にならない」旨の発言をして叱責したことは、不正経理の改善や工事日報を報告するよう指導すること自体が正当な業務の範囲内に入ることを考慮しても、社会通念上許される業務上の指導の範疇を超えるものと評価せざるを得ないものであり、・・Aの自殺と叱責との間に相当因果関係があることなどを考慮すると、Aに対する上司の叱責などは過剰なノルマの達成の強要あるいは執拗な叱責として違法であるというべきである。」 (損害賠償額約3000万円を認容)

これに対して、高裁判決では一転して遺族側の請求が否定されました。

高裁判決 請求棄却

「上司から架空出来高の計上等の是正を図るよう指示されたにもかかわらず、それから1年以上が経過した時点においてもその是正がされていなかったことや、B営業所においては・・必要な工事日報が作成されていなかったことなどを考慮に入れると、上司らがAに対して不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできないから、Aに対する上司らの叱責等が違法なものということはできない。

以上のとおり、上司らがAに対して行った指導や叱責は、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えた過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責に該当するとは認められないから、Aの上司らの行為は不法行為に当たらないというべきである。」

コメント

地裁・高裁判決の結論が大きく異なっていますが、その理由として、上司の叱責に至る経緯、理由に係る事実認定の相違性があるように思われます。地裁判決では、上司が叱責していた不正経理が改善されていない理由として、架空出来高の解消目標が達成困難な数値であったとした上で、叱責の態様が厳しい点を捉え、違法であるとの結論を導きました。これに対し高裁判決では、当該解消の目標値が過剰なノルマにあたらないとした上で、むしろ1年近く上司が不正経理等の是正を求めるも、その改善が見られなかった経緯を重く評価し、違法性を否定しています。高裁判決でとりわけ注目されるのは、部下に対し繰り返し指導するも、その改善が見られない場合、「ある程度の厳しい改善指導をすることは、上司らのなすべき正当な業務の範囲内」であると明確に判示した点です。したがって、上司が部下に対し厳しく叱責することも、部下に対する指導経緯によっては適法と評価されうるものです。その一方、本判決も「ある程度の厳しい改善指導」との留保を付しており、激しい罵倒・人格攻撃などによる叱責などは当然に認めていない点も十分に留意する必要があります。

 

著者プロフィール

北岡 大介
北岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士