- 精神的な攻撃型
- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
- 身体を触るセクハラ
- 言葉によるセクハラ
- 業務委託契約者に対するハラスメント
【第69回】
業務委託契約者に対するセクハラ・パワハラについて、ハラスメントの行為者には不法行為に基づいて、会社には安全配慮義務違反に基づいて、損害賠償義務を認めた事案
アムールほか事件
東京地裁 令4.5.25判決
労働判例1269号15頁
結論
Y1社とY2(Y1社代表)は、Y1社との間で業務委託契約を締結しているXに対してY2が行ったハラスメント行為について、連帯して慰謝料(140万円)を支払う義務を負う。
事案の概要
Xは、エステティックサロンを経営するY1社との間で、エステの施術体験記事の執筆やウェブサイトの運営等にかかる業務委託契約を締結した。Xは、Y1社の代表者であるY2から、業務中にセクハラ行為および正当な理由なく報酬の支払いを拒絶するというパワハラ行為を受けたものとして、Y1社およびY2に対して慰謝料の支払いを求め、また、Y2に対して未払いの報酬の支払いを求めた事案である。
判決のポイント
本件のハラスメントに関する争点は、以下の3点である。(1)Y2のXに対するハラスメント行為の有無および不法行為の成否
Y2がXに対して以下の各行為を行ったことを認定した上で、これらがXの性的自由を侵害するセクハラ行為に当たるとともに、業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、Xに対する報酬の支払いを正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たるものと認定した。
- Y1社店舗での打合せ時、Xに対し、これまでの性体験や自慰行為等に関する質問をした。
- Y1社店舗で初回施術を受けたXに対し、「無理やりにでも裸になった方が施術のときにくすぐったく感じなくなるなど」と述べて、バストを見せるよう求めた。
- Y1社店舗で6回目の施術を受けたXに対し、施術用の紙パンツを脱ぐよう指示し、3回にわたってXの陰部を触った上、自分で陰部を触ることを要求して従わせ、さらにY2の性器を触ることを要求した。
- Y1社店舗での打合せ時、Xに対し、「性交渉をさせてくれたら食事に連れて行く」などと述べ、キスをするよう迫り、Xの腰を触り、Xの臀部にY2の股間を押し付けた。
- Xに対し、Xが執筆した記事の質が低いことなどを理由として契約を打ち切る旨を告げ、「XがY1社の専属として仕事をしていなかったことにがっかりしている」などのメッセージを送信した。
- Xに対し、「今のXはプロフェッショナルではない」「書く記事が全て上位に表示されないのであれば意味がない」などとメッセージを送信した。
- Xに対し、仕事の質が低いことや兼業をしていることなどについて不満を述べた上、Xを抱擁してキスを迫り、Xの臀部にY2の股間を押し付けた。
- Y1社店舗での打合せ時、Xを抱擁し、キスをしようとした上、上半身の着衣を脱ぐよう指示し、別の女性と互いに相手の胸を触るよう指示した。
- Xから、Xが行った作業を検証ないし評価する方法について話合いを求められたのに対し、「そういうことも教えないとわからないのであれば報酬を要求しないでほしい」「Xとは契約も交わしていないし、今の状況ではスキルが低すぎるので契約は交わせない」「Y2の教えの下に育ててほしいのであれば報酬は要求しないでほしい」という旨のメッセージを送信した。
(2)Y1社の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任の有無
Xは、Y1社から委託された業務を、Y2の指示を仰ぎながら業務を遂行しており、実質的には、Y1社の指揮監督の下でY1社に労務を提供する立場にあったものと認められるから、Y1社は、Xに対し、Xがその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていたものと認定した上で、Y1社が当該義務に違反したものとして、当該義務違反を理由とする債務不履行責任を負うものと認定した。
(3)損害の額
Y2による行為は、性的な発言および身体接触を伴うセクハラ行為を約7か月間にわたって継続的に行うとともに、Xに対する報酬の支払を正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為を行ったものであり、極めて悪質な態様であると認定した上で、XがY2のハラスメント行為によりうつ状態に陥ったものと認定し、慰謝料額を140万円とした。また、Y1社とY2はXに対して連帯して当該慰謝料(および弁護士費用)を支払う義務を負うものとした。
コメント
本件を特徴付けるポイントとしては、Y1社が、業務委託契約を締結しているXに対して、安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、当該義務違反に基づく債務不履行責任を認めた点にあります。(Y2のXに対する行為がハラスメントであり、不法行為に当たるという点については、特段意見の分かれるものではないと考えられます。)
本件のような債務不履行責任(民法415条)(安全配慮義務違反)以外で、会社の代表者が行ったハラスメント行為について会社の責任を追及する法的構成としては、代表者の行為についての損害賠償責任(会社法350条)および代表者の行為は会社の行為であるとして、会社自身の不法行為責任(民法709条)などが考えられます。ただし、本件では、Xがこれらの主張を行っていないことから、これらの点に関する判断は下されておりません。仮に、Xがこれらの主張を行っていた場合、Y2はY1社の代表取締役であり、かつ、Y2による上記争点(1)記載の各ハラスメント行為は、Y1社の店舗内やXとの間の業務上のメッセージ内にて行われており、Y1社の職務を行うについてなされたものであると言えることから、Y1社には、代表者の行為についての損害賠償責任(会社法350条)が認められる可能性があるものと考えられます(代表者の行為についての責任(会社法350条)を認めた事例として、メイコウアドヴァンス事件(名古屋地判平成26年1月15日判例時報2216号109頁)(本サイト裁判例第22回)参照。また、本件において、Y1社自身の不法行為(民法709条)が認められるか否かは、Y2の各ハラスメント行為がY1社自身の行為と同視しうるかがポイントとなるものと考えられます。
なお、Y2はY1社の代表取締役であり、Y1社の指揮監督下にある「被用者」ではないことから、本件では、Y2の行為についてY1社に使用者責任(民法715条)を追及することはできません。
裁判所は、Y1社がXに対して信義則上の安全配慮義務を負うものと認定しました。使用者は、労働者のために安全配慮義務を負うことが法令(労働契約法5条)で定められていますが、Y1社との間で労働契約ではなく業務委託契約を締結しているXは、法令の文言上、当該安全配慮義務の対象にはなりません。しかし、裁判所は、争点(2)において、Y1社がXに対して信義則上の安全配慮義務を負う根拠として「(Xが)実質的には、Y1社の指揮監督の下でY1社に労務を提供する立場にあった」と認定しており、XがY1社において、実質的に労働者に近い働き方を行っていたことが、Y1社の安全配慮義務の存否の判断の考慮要素となっていることが窺われます。仮に、Xの働き方が、実質的にみても業務委託として取り扱うにふさわしい裁量と独立性を備えたものであった場合にも、本件と同様にY1社がXに対して安全配慮義務を負うという結論になるか否かは、本件の判示からは必ずしも明らかではありません。
なお、従業員に対するハラスメント案件において会社の債務不履行責任を追及する場合、職場環境配慮義務に言及する場合もあります(三重セクシュアル・ハラスメント(厚生農協連合会)事件(津地判平9.11.5労働判例729号54頁))。
著者プロフィール
中野 宏祐(なかの こうすけ)
弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士
2016年 弁護士登録