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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第68回】「長期にわたるパワハラ等を理由に分限免職処分となった市の消防職員が当該処分の取り消しを求めたが、分限免職処分は有効であるとして、訴えが認められなかった事案」 ―長門市・市消防長事件

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  • 加害者についての処分についての裁判例

【第68回】
長期にわたるパワハラ等を理由に分限免職処分となった市の消防職員が当該処分の取り消しを求めたが、分限免職処分は有効であるとして、訴えが認められなかった事案

結論

長期にわたるパワハラ等を理由とする、市の消防職員Xに対する分限免職処分が有効であるとされた(以下「本判決」という。)。

事案の概要

Y市の消防職員である地方公務員Xが、9年以上にわたり、Xの部下等の立場にあった約30人の職員(消防職員全体の半数近くを占める。)に対し、主に以下のような行為を約80件程度行った(以下、これらを総称して「本件各行為」という。)。なお、Xは、本件各行為の一部について、暴行罪により罰金20万円の略式命令を受けている。

  • ① 暴行(羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する等)
  • ② 暴言(「お前が辞めた方が市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」等)
  • ③ 卑猥な言動(トレーニング中に陰部を見せるよう仕向ける等)
  • ④ プライバシーに関する事項を無理やり聞き出す行為(携帯電話に保存されていたプライバシーにかかわる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」と発言する等)
  • ⑤ 報復を示唆する言動等(Xの行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に、「そいつの人生を潰してやる」などと発言等)

Xは、本件各行為を理由に、Y市の消防長から、地方公務員法28条1項3号等に基づき分限免職処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ、本件処分を不服とし、Y市に対し、その取消しを求めた。

第一審(山口地裁令3.4.14判決)及び控訴審(広島高裁令3.9.30判決)は、本件処分は重きに失するというべきであるとして、本件処分を取り消す旨の判断を行なったため、Y市がこれを不服として上告したのが、本事案である。

判決のポイント

1.分限免職処分の有効性の判断基準

本判決は、分限免職処分の有効性について、「分限処分については、任命権者に一定の裁量権が認められるものの、その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものである場合には、裁量権の行使を誤った違法のものであることを免れないというべきである。」とした上で、「免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果となることを考えれば、この場合における判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるものと解すべきである」と判示した。

なお、この判断基準は、第一審において示され、控訴審において是認されたものと同一である。

2.本件処分に対する判断

(1) 広島高裁(控訴審)における判断
広島高裁は、原判決において、本件各行為は冗談や悪ふざけの域をはるかに超えた悪質なものであり、Xがそのうち一部の行為について刑事処分を受けていることも併せ考えると、Xの消防職員としての適格性には問題があり、相応に重い分限処分を受けるのは避けられないと述べつつも、主として以下の点を指摘し、結論として、本件処分は重きに失するため違法であると判断した。

  • 上司が部下に対して厳しく接する傾向にあり、職務を離れた場面でもそうした厳しい上下関係が維持される中で、上司から部下に対する粗暴ないし無遠慮な言動を助長ないし黙認する風潮もあり、本件各行為は、その様な独特な職務環境を背景として継続されたものである(第一審の判断を是認)。
  • パワハラ行為等の防止のために、研修等を実施すべきことは今日の社会的要請であるのに、Xにパワハラ行為の防止の動機付けをさせるような教育指導や研修等を実施していない。
  • Xは自己の行為の非違性について省察し、それを改める機会がなかったともいえ、仮にそのような機会が一度でもあれば、Xの部下への振る舞いが改善された可能性が十分に認められる(第一審の判断を是認)。
  • X以外の者によるパワハラ行為が行われていた疑いがあるところ、それに対する相応の処分がなされたのかが明らかではなく、処分の均衡が図れているかについても疑問がある。

(2) 最高裁における判断
最高裁は、本判決において、本件各行為について以下の点を指摘し、免職に係る本件処分については、特に厳密、慎重な判断が要求されることを考慮しても、本件処分を決定した消防長の判断が合理性を欠くものとはいえないため、本件処分は違法ではないと判断した。

  • 本件各行為の性質
    • 長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に現れたXの粗野な性格について、消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。
    • 本件各行為の頻度等も考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。
  • 本件各行為による影響
    • 消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが重要であることに鑑みると、本件各行為による職場環境が悪化するといった影響を重視することは合理的である。
    • Xは、報復を示唆する発言等を行っており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、Xを消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難である。

なお、本判決は、原判決において考慮された、本件各行為の背景となった可能性のある消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等について、これらがあったとしても、上記判断は何ら変わるものではないと述べている。

(3) 最高裁と広島高裁の判断の分岐点
上記のとおり、最高裁と広島高裁(第一審の山口地裁も同様の判断である。)は、本件処分の有効性について、同一の判断基準、同一の事実関係に基づき検討しているものの、異なる判断を下している。
これらは、各裁判所が判断するにあたり、重視した事実が異なることに起因すると考えられる。
すなわち、広島高裁は、本件各行為の悪質性に触れつつも、①本件各行為が行われた背景にある職場風土、②職場において実施されたパワハラ防止に係る教育・指導等の有無、③類似事案における他の従業員に対する処分との間の均衡等を重視して判断がなされたと考えられるのに対し、最高裁においては、本件各行為の悪質性及び本件各行為による影響の程度を重視して判断がなされたと考えられる。
 

コメント

以上のとおり、本事案は、最高裁と下級審が、それぞれ異なる事情を重視した結果判断が分かれた点が特徴的な事案であるといえます。
使用者の立場においては、重視される事情により評価が分かれ得ることには十分留意した上で、以下のように、平時の労務管理に努めることが肝要であると考えられます。

1.ハラスメントの防止に向けた教育・研修、及びハラスメントが疑われる労働者に対する注意・指導の重要性
下級審は、パワハラ行為等の防止のための研修や教育を実施しなかったこと、及び他の職員による類似行為に対する処分の均衡を考慮し、本件処分を違法と判断しています。
他方、最高裁は、Xの性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けてもXには改善の余地がなかったとみることは不合理ではないとし、むしろハラスメント行為の悪質性や職場への影響の重大性等を重視して、結論として上記下級審の判断を破棄しました。ですので、最高裁も懲戒処分の有効性を判断するにあたって、平時のハラスメントに関する教育や指導等の状況を考慮することを否定したものではないと考えられます。

以上を踏まえると、ハラスメントに関する教育や指導を行ってきたか否か、及び類似事案における処分との間の均衡は、ハラスメントに対する処分を検討する上で重要な検討要素となると考えられることから、使用者の立場において、ハラスメント行為に対する処分を検討するに際し、上記各事情が考慮要素となり得る点につき、十分に留意しておく必要があります。

すなわち、平時において、使用者が労働者に対して十分なハラスメントに関する教育や研修を行うことは、労働者に対する安全配慮義務の観点で重要であることは当然であるほか、ハラスメント行為を行った加害者に対して、適切に対応するためにも重要であるといえ、その意味でも、平時におけるハラスメント教育の重要性が高まっているといえます。

また、使用者は、ハラスメント事案が生じた場合には、加害者に対し、適切に注意・指導を行い、必要に応じて、懲戒処分等を検討することが必要です。これらの都度の対応を怠った場合、重大なハラスメント事案が発生したとしても、使用者が必要と考える処分を行うことの障害となる可能性があります。また、これらの適時・適切な対応は、職場におけるハラスメントを防止する上で有益ですので、上記のハラスメント教育と合わせて適切に実施する必要があります。

2.職場風土の改善の重要性
下級審は、Y市の消防組織において、上司から部下に対する粗暴ないし無遠慮な言動を助長ないし黙認する風潮があったという点を、本件処分を違法とすべき重要な考慮要素として挙げているのに対し、最高裁は、これらの傾向等があったとしても、本処分が有効であるとの判断が変わるものではないと述べています。

もっとも、最高裁の上記判示は、ハラスメント行為に対する処分の適法性を判断するにあたり、職場風土や職場における傾向等が何ら意味を持たないとまで判断するものではないと考えられます。
すなわち、ハラスメントを誘発しかねない職場風土であることは、将来におけるハラスメントに対する処分において、一定程度考慮されるリスクは否定できないところ、そのような職場風土を放置すると、重大なハラスメント事案が発生した際に、使用者が必要と考える処分を行うことの障害となる可能性があります。また、そのような職場風土は、健全な職場環境の整備の観点からも望ましくないことから、使用者としては、その様な職場風土の改善に努める必要があると考えられます。

なお、最高裁の指摘を踏まえると、職場風土を理由ないし言い訳とするハラスメント行為が是認されるものではないことは言うに及びません。

 

著者プロフィール

澁谷 優大(しぶや ゆうだい)
弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士
2018年 弁護士登録